「亥年」 12年に一度の選挙イヤー

 

こさいたろうの視点・論点 0079

2019/01/11

 

 

「亥年」 12年に一度の選挙イヤー

 

 

今年は亥年。12年に一度の「選挙イヤー」ともいわれます。4年に一度の統一地方選挙が春に、3年に一度の参議院議員選挙が夏に、それぞれ必ず行われるからです。私にとっても、人生の中で忘れることのできない「亥年」です。

 

二回り前の「亥年」。24年前。25歳。1995年、平成7年。4月に行われた港区議会議員選挙に初出馬。新党さきがけ公認候補として、第一位当選をさせて頂きました。この年から、政治家としての第一歩を踏み出しました。

 

一回り前の「亥年」。12年前。37歳。2007年、平成19年。4月に行われた港区議会議員選挙に無所属で4回目の出馬。港区長選挙に敗れ、3年間浪人した末に、再起を期して。第三位にて当選させて頂きました。

 

そして、今年。49歳。私は、山梨の最西北端、白州町の鳥原で新年を迎えています。細々と農産物の販売をしながら、半人前の農夫として生きています。人生、どこに行きつくかわかりません。

 

この12年は、息子とともに歩んだ12年。そして、身の丈を顧みず、区議を辞め、国政に挑んだ前半。国政に参画する思い叶わず、遅ればせながら実業に携わらねばならないと感じ、農業の世界に飛び込んだ後半。

 

人生をかけるにはちょっと年を取りすぎていたかもしれません。もう少し若ければ、子どもを育てるという大事業の前に挑戦ができていれば、成功にしろ失敗にしろ、もっといろいろな道があったような気もします。

 

そして、自分の人生とは何だったのか、人とあまり出会わない山里で、いつも思いを巡らせてしまっています。それなりの局面でそれなりの意味があったのだ、と自分を納得させることもあり、ほとんど役割を果たせなかったのではないかと悲観することもあり。常に一人で、勝手に揺れ動いております。

 

もう、夢を追うような人生を送れるのはこの一、二年かもしれません。これは、体力的な衰えではなく、気力の減退でもなく、ひとえに経済的環境によります。メシが食えなきゃ、何もできません。本当は若いころに、むしろ子どものうちに気づかなきゃならないこんな簡単なことを、今頃になって気付いているわけですから、目も当てられませんね。

 

零細事業と零細農業で、質素でも自由な生活を送れるように、もう少しだけ足搔いてみようと思う今年の正月。一方で、ダメならメシを食うためだけに働ける場所を探さなきゃと、求人サイトや求人情報誌で、シニアでスキルのない男ができそうな仕事を探す今年の正月。

 

それでも、生活するための仕事としての「議員」を続けるために、選挙に出続ける選択をしなかったこと。それだけは間違っていなかったと確信しています。区議としての追及の刃は、四期目にしてすでに鈍っていましたから。いくら苦しい生活になっても、それだけはやせ我慢して胸を張りたいと思います。

 

それよりもむしろ、寝る間も惜しんで議員報酬以外の収入を得るための仕事、生業を持つべきだったと今になって後悔しています。まったくの「後の祭り」なのですが(苦笑)

 

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

     

 

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

「戦争しない日本」を継続したい

 

こさいたろうの視点・論点 0078

2019/01/10

 

 

「戦争しない日本」を継続したい

 

 

あけましておめでとうございます。

皆様におかれましてはつつがなく新しい年をお迎えのこととお慶び申し上げます。

 

平素、「小斉太郎の視点・論点」をお読み頂き、誠にありがとうございます。年末年始は2週間お休みをさせて頂きました。申し訳ございませんでした。本年も原則、週に一回、たまに間に合わなくなってしまいますので、月に四回のペースを守り発行して参る所存です。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。ご意見やご感想もぜひお寄せ下さい。心よりお待ちしております。

 

さて、本年は「平成最後」の年。30年前の「昭和最後」の日を思い出します。つまり、昭和天皇が亡くなられた日。あの時は、秋から昭和天皇の容態が悪くなり、自粛ムードの正月を迎えていました。大学一年だった僕は、東京の小さなマンションで、一人で、テレビから流れる「昭和天皇崩御」のニュースを見ていました。なぜか事を重大だと勝手に思い、食い入るように見ていました。その後ほどなくして出版された昭和天皇の足跡に関する書籍をたくさん購入し、昭和天皇に焦点を当てた文庫本も古本を探してかなり読みました。昭和という時代はどんな時代だったのか、これから始まる新しい時代はどんな時代になるのか、18歳の若僧なりに興味津々だったのだと思います。ただし、当時は、後に政治の道に進むなど寸分も思っておりませんでした。本当です。

 

おそらく、父が年寄りだったことが関係しているのだと思っています。私は昭和45年生まれですが、父は大正7年生まれ。普通ならおじいさんでもおかしくない年齢です。父は戦前に成人になっており、兵役も経験し、太平洋戦争のころには通信社の記者として満州のハルビンにおりました。軍隊が民衆を置き去りにする様を目の当たりにし、終戦後も約二年現地に残り、身の危険を顧みず、日本人の帰国に奔走したそうです。僕は、そんな話を直接聞くことのできる環境で育ちました。だから、昭和20年を境に社会が激変した「昭和」という時代に、人一倍関心を持っていたように思います。

 

敗戦以降の「昭和」は、戦争の反省の上に進んできたものと思います。政治家も経済人も、一般庶民も、それぞれに「戦争」の悲惨さやバカらしさを体験的に実感しており、二度と戦争しない国として生きるべきという思いを共有していたように思います。その象徴的存在が昭和天皇だったのではないかと感じます。

 

そして、平成の御代となり、今上天皇も昭和天皇の思いを受け継いだのだと思います。今上天皇自身も、子どもではあったものの戦争経験者であったからだと思います。

 

そして今年、新たな天皇陛下が即位されることとなります。今のところ、天皇に即位する予定の皇太子殿下も、平和を志向する昭和天皇、今上陛下の思いを踏襲してくれるように見えます。

 

しかし、昭和から平成のころと異なり、世の中には戦争を経験した方が激減してしまいました。社会全体として、軍隊や戦争に対する抵抗感が大きく低減しているような気がします。さらには、中国の台頭、朝鮮半島情勢など、日本を取り巻く周辺環境が必ずしも安定しているとはいえず、軍事力の増強への許容の度合いが高まっているようにも感じます。

 

僕は、直接的な経験者、体験者がいなくなった後も、先の大戦を心から省みて、二度と戦争を起こさない国として日本が歩むべきだと強く思います。そのために、今を生きる私たちが力を尽くしていかねばならないと思います。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

     

 

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

「たくさん集めてたくさん配る」を見直すべきだ

 

こさいたろうの視点・論点 0077

2018/12/25

 

 

「たくさん集めてたくさん配る」を見直すべきだ

 

 

この師走、東京ではタクシーがつかまらないそうですね。あのバブル頃と同じですね。今から30年前。僕は大学生でした。大学生ごときにも、バブルの恩恵は滴り落ちてきていました。今風に言えば、トリクルダウンでしょうか。

 

今田舎で生活する中で、その実感は全くありません。ただ、付加価値のある(と私は思っている)農産物を、多少割高で、しかも運送料もご負担頂き、一定数の方々にご購入頂いていることを考えると、間接的に恩恵を受けているといえるかもしれません。もっと稼げないのは単に自らの実力不足かもしれません。でも、格差の拡大や貧困層の増大といった様々な調査の数値を見ると、30年前とは明らかに異なっているのだろうし、僕の肌感覚がまんざら間違いではないような気がします。

 

そんな中、来年度予算案が閣議決定されるそうです。一般会計税収は過去最高の62兆円を見込んでいるようです。でも、いつまでも安倍金融緩和バブルによる税収増が続くとは思えないし、それだけの税収増があってなお借金返済額を超える赤字国債は発行され続け、社会保障費も増加の一途をたどっています。年間の総歳出額は減らず、ついに100兆円の大台を超えてしまいました。

 

どれだけ集めてどれだけ配るのか。稼いだ人にどれだけ負担してもらって、社会の下支えをするのか。根本的に考え直さねばならない。平成の世に入り、ずっと問われ続けてきたことです。それが、なんとなく「子どもにはお金出します」「困った人にも手を差し伸べます」「お年寄りにも優しく」「公共事業は減らさず国土強靭化」などと言いまくっているのをみると、それじゃあカネがいくらあっても足りないじゃないか、と言いたくなります。でも、カネに限りはありますから、見えないように国民からの負担を増やし、社会保障などを巧みに減らしていくんですよね。

 

たくさん集めてたくさん配る。この思想は国家社会主義。戦前の統制経済。国が差配する。まさに現首相・安倍晋三氏の祖父、岸信介氏が満州で実験して、日本で展開しようとした国家像だと僕は思っています。それを今、数十年たってやろうとしているのが「お孫さん」。そして、あえて僕の感じ方を言えば、立憲民主党も実はそれに似通っているのではないかとみています。国家権力が強大な権限を握る社会です。税金をたくさん集めてそれを配分する権限を持つわけですから。

 

僕はいまだに、それは違うと思うんですよね。みんなで助け合う範囲はそこまでか考えて、それに必要なお金を税金として負担しあう。これを国全体でやることと、各地方でやることに仕分ける。この作業が必要だと思うんですよね。多くの国民は、大金稼いで華美に、贅沢に暮らしたいと思ってはいないと思います。今よりもう少し楽に、心に余裕のある暮らしができればということなんだと思うんです。それには、余裕のある人たちにあと少しずつ負担してもらうことで、かなり大きく変革することができると思うんです。

 

「都会の一部でタクシーがつかまらない」という時代が再びやってきた今、社会のありようを変えることを真剣に考えなければならないと思います。そして、その期間はごく短いということも忘れてはなりません。

 

山里からは、小さな声を発することくらいしかできませんが、いま政治を担っている人たちの責任は極めて重いということは言っておきたいと思います。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

平成最後のクリスマスに思うこと

 

こさいたろうの視点・論点 0076

2018/12/23

 

平成最後のクリスマスに思うこと

 

今年もクリスマスがやってきます。ただ、平成という代にやってくるクリスマスはこれが最後です。来年は天皇陛下が代わられて、新しい元号の下、クリスマスがやってくるのです。こういう表現、会えてしてみましたが、間違ってはいないと思います。が、なんだかしっくりきません。

 

5年前に山里での農作業をはじめ、昨年からは住まうようになり、昔から抱いていた違和感が大きくなってきています。どうして、日本でキリストの誕生を祝うことが国民的行事になっているのか。しかも、キリストの誕生を祝うなどと思っている人は、キリスト教の信者さん以外はほとんどいないはず。

 

サンタクロースになり代わって、親が子どもにプレゼントをあげる日。恋人同士がプレゼント交換をする日。そんなお楽しみイベント、それ以上でも以下でもない人がほとんどだと思います。このほかにも、バレンタインデーや、昨今ではハロウィンなどもありますが、僕は元来何の日なのか知りませんでした。これを書くのに調べてみますと、バレンタインデーは「殉教者・バレンタインの記念日」だそうで、ハロウィンは「秋の収穫を祝い悪霊を追い出す古代ケルト人の宗教的行事」だそうです。

 

その時期が来ると大騒ぎになる両行事も、クリスマスと同様にその起源に思いを致す人などどれだけいるのでしょうか。バレンタインの日は、思いを寄せた異性にチョコレートをあげる日。ハロウィンは僕が大人になってから盛んになった気がしますが、最近では仮装して夜中じゅう屋外で騒ぎまくる発散の日と化しているようです。戦後、あるいは明治維新以降、異文化の行事と商売を絡めて、その本来的意味を顧みることなく、日本社会に浸透しました。

 

子どものころや若い頃はあまり疑問も持たずに世の流れに身を任せていましたが、山里に住み、わが身が自然に包まれるがごとく環境で生活するようになり、自分たちは何者か、振り返ってみることが必要な気がしています。

 

日本には、その歴史や伝統に根ざした季節の行事があるはずです。お正月から節分、お花見やお月見、収穫を祝う秋祭りなど、地域によっても様々に行われているのだと思います。そこには決して、クリスマスもバレンタインもハロウィンも出てはきません。

 

来年から新しい天皇陛下が生まれ、新しい元号になります。日本の、日本人の原点は何かに改めて思いを致し、その上で、これからどんな日本の未来を志向していくのか、考える絶好の機会です。

 

働き手がいないから外国人をもっと簡単に呼べるようにとか、社会保障の金が足りないから消費税を上げればいいとか、景気が悪くなると困るから公共事業をバンバンやっちゃえとか、カジノ作って金集め使用とか、「目先の金」のことばかりで動いていく政治で本当にいいのでしょうか。

 

いずれにしても、バレンタインやハロウィンやクリスマスを国民的行事に仕立て上げて金儲けにつなげる。七五三や成人式も同じですよね。そんな華美なことを国民みんながやる必要が本当にあるのでしょうか。考え直す必要があります。

 

平成最後のクリスマスをもうすぐ迎えるにあたり、山里でそんなことを考えています。人間、金がなくなると、現状に否定的になりがちです(笑)年の瀬にすみません <m(__)m> メリークリスマス!

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

議会が機能しない、今の日本政治

 

こさいたろうの視点・論点 0075

2018/12/16

 

議会が機能しない今の日本政治

 

入管法改正案、圧倒的多数を有する与党の賛成多数で可決成立した。でも、具体的な制度の中身はこれから決めることになる。役所が政令・省令を作り、ルールを定める。ここに議会は関与できない。

 

外国人労働者の受け入れを拡大するために、「特定技能1号」「特定技能2号」といった新たな在留資格を作ることになるが、その「技能」とはどんなものなのか、法律には書かれていない。議会の質疑を通じても明らかになっていない。ただ「受け入れる」ことだけを決めただけ。

 

これで、議会は機能を果たしていると言えるのか。昔のことを思い出す。私が関与した小さな自治体のことではあるが、同じようなことがしばしばあった。「制度の細かな部分は条例案が可決・成立した後に整備する」というようなこと。つまり、議会で条例だけ通して、あとは役所がいろいろと決めていくということ。

 

私は、制度の運用が役所のフリーハンドになってしまわぬよう、条例案審議の際にはできる限り、条例制定後の役所の運用を明らかにするように努めた。質疑を通じて、言質を取る。議会には首長の出してきた条例案を修正する権限もある。これは、賛同議員がなかなか作れず、実現させられなかったが。

 

行政が暴走しないように、権力の行使にタガをはめる役割が「議会」にはある。役人は試験によって選考・採用されるが、議員は選挙によって選ばれるのはそのためだ。それなのに、今回のような法案を課題解決もせずに通してしまうことは、議会の役割を放棄しているに等しい。

 

実質的に移民解禁となる「法案の中身」も極めて重要で深い議論が必要であることは確かだが、私が思うに、役割を果たさないことに何の疑問を感じなくなっている議会のありようが、より一層深刻なのではないかと感じている。

 

議会が機能しない、官尊民卑の社会は、安倍長期政権の間により一層進んでいるように感じる。

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

移民政策の解禁の前にやるべきこと

 

こさいたろうの視点・論点 0074

2018/12/03

 

 

移民政策の解禁の前にやるべきこと

 

 

農業の現場に身を置いて6年目になるが、「技能実習生」は農業現場にいるとしばしば耳にする単語だった。

 

以前、労務者として農業生産法人で働いているときには、友好関係にあった千葉の農家の皆さんの農場には、たくさんの「技能実習生」が働いていた。詳しく話を聞いたことはないが、主に東南アジア方面から来ている様子だった。

 

僕が見聞きした受け入れ先は、皆さんまじめな農業経営者で、今問題になっているような「最低賃金以下で働かせる」とか「労働環境が劣悪で失踪してしまう」といったこととは全くの無縁だったと確信している。

 

ただ、実態は「技能実習」ということでなく「労働」であることに間違いないと感じていた。働いてお金を稼いで、母国の貧しい家族の生活を支える。詳しい制度を知らない人でも、薄々わかっていることではないのか。

 

「移民政策はとらない」という建前を維持しつつ、単純労働の労働力としての外国人は確保したい、という大矛盾を正当化させるために「技能実習生」という制度を作り、「労働させているのではない」と偽ってきたこの数十年。この著しい矛盾と偽りの総括なくして、単純労働力が足りないという経済界の要請のみをもって、なし崩し的に移民政策を解禁してしまってよいのだろうか。

 

 

私は、農業に関わるようになったこの数年の間に、以下のような経験もした。

 

ある時、ある外国人を紹介された。農業現場に労働力不足はないか。必要に応じて外国人を「技能実習生」として送り込むことができる。そんな話だった。

 

かの国にはエージェントがあり、日本で働きたい希望者を集め、かなり多額の手数料等を支払い、日本語などの研修を受けた上で日本に来るのだという。日本でも日本のエージェントの下で一定の研修をして、働き先に引き渡されることになる。

 

「外国人技能実習生」は、給料から生活費を引いたお金が手元に残ることになる。それでも貨幣価値に差があるので、3年も働けばまあまあの金額が手元に残るらしい。しかし、最初に支払う多額のお金は、ほとんどの場合ほうぼうから借金して捻出しているようで、そのお金も返さなければならない。だから、どんなに苦しくても、時には人権が踏みにじられるような労働環境でも、簡単にやめたり逃げ出したりすることはできないのだ。

 

私が知らないだけで、制度の本旨に基づいた「技能実習」が行われている事例もあるのかもしれないが、果たして実態はどうなのか。私は、私が見聞きした事例がほとんどではないかと思ってしまう。

 

実習生を集めるエージェント、受け入れ先を探すエージェント、これらが金儲けを目的として存在していて、その儲けのほとんどは貧しい外国人研修生の懐から出ているお金という仕組み。

 

もう「技能実習」などという被り物は面倒だから脱いでしまえ。実態通りに「単純労働者」として受け入れられるようにしよう。エージェントも大手を振って金儲けしよう。そういうことではないのだろうか。

 

この度の入管法改正は、制限付きとはいえ「移民政策」の実質的解禁で、単純労働に外国人を充てることができるようにするものだ。国会審議でも幾多の問題点が指摘されているが、とにかく法律を通した後、政省令で対応するの一点張り。

 

これまでの国策を大きく変える制度改変であるのだから、じっくり時間をかけ、基本的ルールを法律に記載し、国権の最高機関たる国会にきちんと責任を果たさせる必要がある。

 

私は、外国人の人々が日本に働きに来ることに反対ではないが、きちんと受け入れるための準備は、じっくり時間をかけて行うべきだと思っている。単純労働を安い賃金で外国人にやらせる、というような差別的意識を醸成させるような社会を、まずは変えねばいけないのではないか。そう思っている。

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

原さんの監督復帰と巨人の病気再発

 

こさいたろうの視点・論点 0073

2018/12/02

 

 

原さんの監督復帰と巨人の病気再発

 

 

巨人ファンの方、ごめんなさい。まず謝っておきますね。でも、どうしても黙ってはいられないです。

 

 

巨人の監督に原氏が戻り、昔の巨人に逆戻り。金さえ出せば何でもありなのか。日本の野球界で巨人は特別、常に優勝争いをしなければならない、故に、欲しいものは何でも手に入れていいと。

 

広島三連覇の大功労者、この数年は年を追うごとに進化し続けた丸選手が、巨人にFA移籍することが決まった。FAは選手の権利でもあるので一概に否定はできないし、丸選手を批判することもあたらないかもしれない。しかし、それにしても、原・巨人のやり方はどうなのだろうか。

 

丸が守っているセンターには、今年大きく成長した生え抜きの重信がいる。さらには、数年前日ハムから獲った陽岱鋼もいる。外野手という枠で言えば、昨年中日から主砲ゲレーロを獲った。思うように働かなかったが、その代わり亀井、長野というベテランもそ外野手が気を吐いた。そんな中での、巨額を投じての丸獲得である。

 

丸以外にも、西武から捕手・炭谷をFAでとった。巨人には強肩の小林、長距離砲の大城、それに宇佐美という三人の捕手がいて、さらには阿部も来期は捕手復帰と言っている。そのような環境で捕手の補強は必要なのか。

 

そして、さらにはオリックスからベテラン中島をFA補強。今の巨人にどうしても必要な選手のようには、僕には見えない。原辰徳のやりたい放題。あれもこれも欲しい病。かつての長嶋監督にも似ているが、長嶋監督は落合、清原など一点豪華主義だったような気がする。なので、原は長嶋以上に強欲に映る。

 

すでに、巨人はプロ野球界の盟主ではなくなっている。球団がホーム球場のある地域にしっかり根を張るようになってきた。それによりパリーグも大いに盛り上がってきている。ネット社会の進展とともに、好きな球団の試合を自由にみられるようになった。もはや、地上波・日テレ系列で巨人戦しか見られない時代は終わっているのだ。

 

巨人に原監督。平成も終わろうとしている今、時代遅れの昭和を背負って再び登場したように僕には見える。

 

もはや巨人がなくてもプロ野球は成り立つ。プロ野球の関係者やファンはそのことを原さんに教えてあげるべきだ。カネに糸目もつけずに補強しても無意味なことを。そのためには来期、11球団は総力を挙げて巨人をつぶしにかかるべきではないだろうか。それによって本当に新しいプロ野球の幕が、新たな元号とともに始まるような気がする。

 

ついでに、巨人にそんなにカネをつぎ込める読売新聞社を含め、第四の権力といわれるマスコミ業界についても、僕たち日本人はしっかりとチェックし、改革を促していくことが必要なのではないだろうか。

 

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

消費税増税。一部軽減も、商品券配布も、すべておかしい。

 

こさいたろうの視点・論点 0072

2018/11/18

 

消費税増税。一部軽減も、商品券配布も、すべておかしい。

 

安倍首相が来年10月の消費税率上げを明言し、導入予定の軽減税率は、テレビのワイドショーの格好のネタになっている。

 

コンビニの買い物の際、持ち帰れば8%だが店内で食べれば10%だとか、回転すしやで店内で食べようと思っていたものを持ち帰りに変えたらどうなるか、とか。正直、こういうことで導入が既定路線になっていくのだなぁ、と感じた。安倍首相に近い政治評論家も、国民は時間がたてば慣れてくる、というようなことを言っていた。悔しいが、同じような予感がしている。

 

そもそも軽減税率、一部のものの税率だけ下げるなんて言う制度はわかりにくすぎるし、どう考えてもあらゆる事務が複雑で煩雑になっていく。日本人はそれをこなすだろうが、その無駄は計り知れないものになるはずだ。現に私のような零細個人事業主にも、わかりにくい案内書面の第一陣が送達されている。正直、どのようになっていくのかいまだ理解できない。

 

そもそも消費税増税の前に歳出構造を見直す改革が必要であったというのが僕の持論だった。足りないから負担せよ、だけではどうしても納得がいかない。さらには、軽減税率という分かりにくい仕組みを入れて、国民に配慮している的なポーズをとる。またぞろ出てきた「商品券を配る」発想も、国民が慣れるまでの目くらましと言わざるを得ない。

 

低所得者対策であれば、給付付き税額控除という妙案もあったはずだが、検討すらされた形跡がない。これなら、将来のベーシックインカム的政策につながる可能性もあったのに。

 

私たちは今だからこそ、何が軽減税率の対象になるのか、商品券が配られるのか、などという些末な議論に巻き込まれることなく、本当に必要な行政サービスは何で、そのためにはどれだけの税負担が必要なのか、という骨太の議論をすべきではないだろうか。権力サイドが「軽減する」とか「配布する」というようなことを言うときは、その裏側には大きな負担が待っているということが多いように思う。

 

いずれにしても、今のところインボイスも出せない零細個人事業主、零細農家はこれからどうすればよいのか。売上1000万円を超えなければ心配は無用なのか。途方に暮れる今日この頃である。

 

 

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

盾の役を果たす桜田大臣・片山大臣

 

こさいたろうの視点・論点 0071

2018/11/18

 

盾の役を果たす桜田大臣・片山大臣

 

桜田大臣について

 

・ サイバー担当だけど自分でパソコンは打たない

大した問題じゃない。追及している今井何某というやつの方がうさんくさい。一体いくつ政党を代わっているのか。そういうところが野党が信頼されない理由。気のいいおっちゃんをいじめている感じがなんとも胸糞悪い。言うまでもなく桜田さんはダメなんだけど、鉄砲を撃つ方向が違うと思う。まあ、いずれにしても、こういう人を任命した安倍首相の責任は、いかにしても免れないが。

 

・ 東京五輪の基本コンセプトをこたえられない。

担当大臣だから、大臣を引き受けた時点で頭に入れておいてはほしい。ほしいが、これも実はたいしたことじゃないと僕は思っている。コンセプト知らなくても、役人が事務的にはよしなに進めてくれるはずだ。むしろ、桜田さんのいうところの国民目線で、どんどん膨らむ税金投入額、終了後どれだけの負担が国民にのしかかるのか、などを明らかにしてほしいものだ。野党も、コンセプト知らないからって攻め立てるのではなく、やるべきことをやれとお尻をたたき、やらなければそれを徹底的に叩けばいいと思う。

 

もう一人、片山さつき大臣について。

 

こちらは、疑惑が本当ならば、ちょっと看過できない。大臣ということでなく、議員バッジにもかかわると僕は思う。国税庁に口をきく見返りにカネをもらうという案件。本人は否定しているが、文春砲が次々に炸裂。これに端を発し、政治資金収支報告書にもらったカネの記載が漏れていて、事後訂正に次ぐ事後訂正。これで辻褄が合わせられるのだろうか。このほかにも、カレンダーの無償配布、顔写真入りの特大看板、波の政治家では考えもつかない疑惑のオンパレード。

 

いずれにしても、重大案件から些末な案件まであるわけだが、役所に口をきいて金をもらうというのは完全アウトだし、多額の寄付金の受け取りが政治資金収支報告書に記載されていないのも完全にアウトだ、僕に言わせれば。そのカネどこに行ったの?と。この騒動がなければどこにあったの?ということになる。自分の懐、と言われても言い訳できない。いくら訂正しても、その疑念は永遠に拭えないのである。

 

そういった意味で、桜田さんもしょーもないが、片山さんの方が大問題だと思っている。

 

ただ、この二人のことを書きながら、僕も何か大きな罠にハマっているのかもしれないと感じ始めている。この二人が出てきたことで、メディアは桜田、片山たたきに夢中。でも、実は二人とも小者ではないのか。もう少しやばくなったら、引導を渡して辞めてもらえばいいのではないか。次の人が彼らより有能であれば、潮が引くように騒動も収まってしまうような気がしてならない。

 

むしろ、この二人が矢面に立つことで、安倍首相本人が当事者のモリカケ疑惑、それを忖度して行われた様子の公文書改ざん問題、実行者である財務省の大ボス麻生財務大臣の責任問題、これらは今やうやむやになってしまっている。

 

実は、この二人の大臣が盾となり安倍首相以下実力者たちを守り、国民にとって深い議論が必要な重要課題から目を逸らさせるためのしたたかな戦略が背景にあるのではないか、と勘繰ってしまっている。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

100億円の児童相談所

 

こさいたろうの視点・論点 0070

2018/11/01

 

100億円の児童相談所

 

南青山5丁目、青山表参道の路地裏に児童相談所を作るという。土地代72億円。僕が区政報告会でよく使っていた農水省関連の会館跡地、いつの間にか港区が購入していた。この土地代も含め、100億円プロジェクトだという。

 

近隣住民が猛反対と報道されている。が、本当に住民だろうか。一部はそうかもしれないが、ネットの情報を見ると、あおっているのは新興の不動産屋のようだ。よく知っている。町会・商店会といった地域社会とは一線を画しているような人たちだ。名前はよく知っている。

 

だいたい、子どもの声が騒音だとか、街を台無しにするとか、田町の方でいいじゃないかとか、どうかしている。常軌を逸している。僕が知っている青山表参道を守ってきた地域住民の方々はこんな口汚いことは言わない。青山に住む人がこんなに差別的だと思われるのは、元住民として本当にさみしく、つらい。

 

ただ、同じ青山で似たようなことが数年前に起きていた。場所は、青山墓地に近い南青山二丁目。財務省の用地を港区が購入し、障害者グループホームを作ろうとしていた。そこで反対運動が起きた。

 

反対した住民の中心メンバーは、先生と呼ばれていた地域の有力者。僕も区議選初挑戦の時から応援してもらっていた。土地の価値が下がる、障害者は街にそぐわない、海沿いの方に作ればいいじゃないか、今回の反対理由とほぼ同じような言葉を次々と浴びせられた。

 

当時、僕は港区議会議員。あまり人には言わなかったが、政治家を辞めたくなるほどの衝撃を受けていた。なぜそんなに嫌悪感を抱くのか、障害者はそんなに汚いもので、まちの価値を下げてしまう存在なのか。そんなことあるわけがないじゃないか。

 

でも、現実に、その「先生」のまわりには反対メンバーが集まっていた。逆に、僕のことをおかしいと、なぜわかってくれないのか、と詰め寄られた。結局、皆さんの主張に賛同することはできないとはっきりと伝えざるを得なくなった。その後、同じまちで一緒に活動しづらくなってしまった。

 

僕は、もっと大きく社会を変えねばならないのではないか、と思うようになった。同じ人間なのに邪魔者のように扱われることがあってはならない。政治は、社会のありようそのものを変える努力をすべきではないか、と思うようになった。そのためには、日本全体の風土にメスを入れなければならない。

 

これが当時、僕が国政を志向するに至ったいくつかの理由のうちの一つでもある。

 

 

 

当時、本当はそもそも、多額の税金を投入して財務省の土地を購入する必要があるのか、ということを区議会で追及していた。障害者グループホームがその場所に必要だからその土地を買ったわけではなく、とにかく確保しておこうということで買った土地に、さて何を作ろうかと考えたのが実情だった。税金がうなるように集まり、貯金が使い切れないほど貯まっている特異な地方自治体だからこそできること。今回の「100億円の児童相談所」も、買った後にこれで行こうと決まったものなんじゃないかと、推察している。

 

税金で仕事をする以上、いくら富裕自治体だからと言って何をやってもいいということにはならない。例えば、障害者グループホームや児童相談所が本当に必要でも、多額の税金を投入し土地を買い、建物を建てて設置しなければならないのだろうか。民間の建物の床を確保したり、再開発の中に必要な公的施設を入れ込みまちづくりする、といった発想が必要ではないだろうか。

 

苦労せず巨額の税金が毎年集まり、使うことにすら汲々とする自治体には、残念ながら知恵もアイデアも出てこない。だから僕は、必要な分を計り、必要な分だけ税金を預かる政治を実現したかったが、断念するに至った。自らの生活を継続させるという、基本的生活力に欠けていたのだから、致し方なかった。

 

いずれにしても、港区が100億円かけて青山に児童相談所を作るべきかどうか、税金投入という観点から十分な精査が必要である。ただ同時に、子どもや障害者が集まり、暮らす施設が迷惑だ、などという差別的社会を許容するわけには絶対にいかない。

 

悲しすぎる、今の日本。

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

増税の前にやるべきことがあるだろう!

 

こさいたろうの視点・論点 0069

2018/10/20

 

 

増税の前にやるべきことがあるだろう!

 

 

五、六年前まで、私は街頭で、会合で、毎日のように叫んでいたフレーズだ。高すぎる公務員人件費を削る、特別会計に眠る資産を切り崩す、借金が前提の国家予算の構造を変える、規制改革を通じて経済を活性化させ税収を上げる…。などなど、国民にさらなる負担を求める前にやるべきことがある、という主張だった。

 

しかし、私は戦いに負け、政治の一線から退場した。当時、自民党と民主党の二大勢力が手を結び、国会議員の定数削減と早期解散の検討いう極めて矮小化された取引条件で、消費税増税を約束した。行政改革、歳出構造改革、規制改革による経済活性化、本当に必要な処方箋は隅に追いやられた。

 

その後、自民党・民主党は同じ約束をしたものの、失政のみを積み重ねた民主党は下野し、安倍自民党が与党に返り咲いた。各種の経済指標は好転し、アベノミクスと称した経済関連政策は功を奏した、ように見える。が、実態は、即効性の高い安易な金融緩和と巨大な財政出動の一時的な成果でしかない。

 

税収は上がったが、予算の歳出規模は拡大し続けており、借金は増え続けている。借金を返し、福祉や社会保障の水準を維持するためには、増税せざるを得ないのか。私は今でも、増税の前にやらなきゃならないことがある、と確信している。そして、それは、民主党政権でも、安倍自民党の長期政権ではなおさら、やられていないのだ。

 

一言で言えば、徹底的な行政改革。政府資産の整理から天下りの全面禁止。財源・権限を合わせて移譲する徹底的な地方分権。公務員総人件費の抑制。税収に見合った予算編成。不要不急の事業の廃止、中止。予算規模の大幅縮小。こういったことをやらずして増税をすれば、カネはまた必ず足りなくなる。

 

手元にあれば使ってしまう。簡単に貸してくれる人があれば借りてしまう。一度味わったレベルから生活水準を落とすのは極めて困難。自分たちに当てはめても、人間そんなものだ。そうでない意志の強い御仁もいらっしゃるとは思うが、僕はそう強くない。政治や行政も同じだと、私は経験から思う。

 

現に、日本国の財政法4条では「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない」と、国債発行を原則禁止している。しかし、時の政府与党は1965年に初めて、1975年からほぼ毎年、特例法を作り、赤字国債を発行し続けている。

 

大本のルールを都合よく変えて、借金をすることで国家財政を成り立たせている。さらに現状では、その国債の多くは、日銀がお札を刷って引き受けている。一時的な政策としてはありうべきとは思うものの、歯止めも出口もないのが非常に危うい。先述のとおり人は、心地のいいところから抜け出すのは容易ではない。

 

増税の前に、借金体質にどっぷり漬かった行政のありようを正す必要があるはずだ。役人や政治家、それを取り巻く人たちだけが心地いいと感じるところこそに、まずメスを入れるべきではないのか。それをまったくやらないで、増税をやらせてはいけない。

 

 

 

10月15日、安倍首相は臨時閣議で、来年10月からの消費税の10%への増税を表明した。当初の目的としては、財政再建のため、だったものが、医療や介護・年金など社会保障制度の維持のためとも言われ、しまいには幼児教育無償化なども加わり、本当に増税2%分でそんなことができるのか。

 

いや、増税すればできるかどうかという議論に嵌ってはならない。そもそも、国家財政の現状、簡素で効率的な運営がなされているのか。メスを入れるべき部分はないのか。国会議員が何百人もいて、なぜ誰もこのことを言わなくなってしまったのだろう?

 

2%の増税分、ポイントで還元とか、いや現金でとか、はたまた商品券で還元せよ、などと議論されているようだ。こんな報道を聞くと、怒りがこみ上げてくる。国民を馬鹿にしている。真に増税が必要なら、多くの国民は還元とか軽減という言葉に惑わされることなどないはずだ。粛々と受け入れるはずだ。

 

そんなことよりも、「増税の前にやるべきこと」をもう一度思い返さねばならない。

 

徹底した行政改革なくして、増税の効果、成果は水泡に帰すだろう。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

角界と政界の相似点

 

こさいたろうの視点・論点 0068

2018/10/12

 

 

角界と政界の相似点

 

 

貴乃花親方が相撲界を去るということが大きなニュースになっている。これまでの顛末を見ていると、貴乃花の挙動もおかしなところがたくさんあるし、相撲協会執行部の側も思い通りに動かない貴乃花を陰湿にいじめているようにも見える。つまり、相撲という狭小な世界の中でのいわば「幼いいざこざ」に過ぎないと僕は思う。

 

こういういざこざ、権力争いのようなことはどんな組織にもあるとは思うし、これまでの大相撲界でもあったに違いない。これだけの問題として取り上げられるのは、日本相撲協会が公益財団法人となったことも理由であろう。日本相撲協会は公益法人に相応しいのか、公益法人でなければならないのか、と常々疑問を抱いている。

 

 

 

江戸時代以前の相撲の歴史には詳しくないが、少なくとも明治以降、相撲部屋が力士を抱え、親方衆が一問を作り、合議制的な組織として運営してきたのが大相撲だと思う。各地に勧進元がいて、全国で興行する。力士や部屋にはタニマチがついて下支えをした。

 

そもそも興行だったから、時には八百長もあったはずだ。私が子どもの頃、千秋楽に七勝七敗同士の力士が対戦することはほとんどなかったと記憶している。相撲界に近しかった私の父は、テレビを見ながら「これはごっちゃん相撲だよ」なんて子ども相手に物知り顔で語っていた。でも、おそらく、それは本当にあることだったのだと私は思う。

 

それが大相撲、と多くの人が思っていればそれでいいのではないだろうか。無理に、五輪競技のような「スポーツ」と同じに考える必要があるのだろうか。むしろ、同じになんて考えられないはずだ。神事と深く結びつき、文化や伝統を継承している特別な存在だという向きもあるが、歌舞伎はどうなのか。松竹という民間企業が運営しているではないか。

 

貴乃花問題だけでなく、お粗末ともいえる不祥事が次々と明るみに出る日本相撲協会。公益法人化による権力の集中が問題の根源にあるように思えてならない。つまり、一国一城の主であった親方が実質的に協会に雇われるような形になり、いわばサラリーマン化してしまったことが問題だと感じるのだ。

 

昔は、百八しかない親方株を引退後に取得するには多額のカネが必要だったと聞く。そのころの親方は、その金を工面し、タニマチを集め、弟子を探し、部屋を運営しなければならなかったわけだ。その親方たちが集まって協会を作り、興行を打っていた。まさに、立派な事業主の集まりである。

 

しかし、今は、人も金も情報もあらゆるものが協会中枢に集まるようになり、相撲取りは現役を終えた後には、新たな出世競争をするようになる。事業主が集まる業界団体の出世競争と、サラリーマンの会社内の出世競争では、競争の内容や性格は全く違うはずだ。角界は、後者に変質してしまったように見える。

 

数十億円とも言われるNHKからの放映権料収入を中心に、巨大な利権がそこにはある。そんな中、公益法人として運営するのであれば、理事会の構成メンバーのほとんどが親方衆という旧態依然の形ではダメだと思う。逆にそうしたいのであれば、公益法人など返上し、昔のように親方衆が寄り合い運営していくべきだ。税金もきちんと払う形で。

 

そういえば、この20年ほどの間に、相撲の世界と同じような変化をした世界があることに気付いた。永田町だ。昔は政治家自らが活動するための金集めをしていたものが、政党助成金制度ができて税金が各政党に配られることとなり、それを政党幹部の差配で政治家末端に配られるようになった。

 

これによって、一国一城の主であった政治家・議員は、政党という名の会社に所属する社員のようになってしまった。幹部・役員の顔色をうかがい、社内での出世が何より大事になってしまった。本来は主権者に顔を向けて政治に携わることが当然だが、それが大きく変貌してしまっている。社会のダイナミズムが損なわれている大きな理由だと思う。

 

角界にも政界にも、保身や利権を打ち破り、日本社会のための真の改革を目指す人材が出てくることを望む。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

内閣改造をみての感想

 

こさいたろうの視点・論点 0067

2018/10/08

 

内閣改造をみての感想

 

>  新内閣、ご感想は…?

 

というメールを頂きましたので、感想を記し、ご返信しました。今回の「視点・論点」は、そのお返事をそのまま掲載致します。皆様はどのような感想をお持ちでしょうか。気になるところです。よろしければぜひ、皆様のご感想もお聞かせ下さい。お待ちしています。

 

Iさん

 

おはようございます。

枝豆の収穫・出荷、月曜日の稲刈りも控え、何となく余裕がなくてすみません。

 

以下、内閣改造の感想です。

 

 

あれだけ世間を騒がせた財務省・公文書改竄、政治サイドが全く責任を取らないなんて言うことがあっていいのでしょうか。麻生留任は許せないことです。悪しき前例を作ってしまいました。

 

甘利、党四役入り。これも、不起訴だったとはいえ、都市公団・口利き疑惑は全く晴れていません。これも、あの程度のことは許される、というメッセージを発してしまいました。

 

稲田、党要職で復帰。防衛大臣としてあれだけの無能ぶりを見せつけられた国民としては、役職に戻すのは早すぎませんか。リベンジに値する功績はあったでしょうか。ないですよね。

 

下村氏も同様ですね。疑惑が晴れず、うやむやですから。ただ、一部情報では、息子への禅譲のため地元で動き出したとも聞こえてきます。どうなんでしょうか?

 

初入閣の面々は、ほとんどが在庫一掃なんでしょうね。ほとんど存じない人たちです。役人が作ってくれた作文を読んでいればいい、余計なことは言うな、との官邸からの厳しい指示があった人もあると聞きます。推して知るべしです。

 

唯一、少しだけ注目しているのが、石破派から法務大臣になった人。なかなかの能力があるようですね。安倍一強の中、石破支援を貫いたところも見どころありますよね。今後、安倍首相サイドに取り込まれないかどうか、が見ものです。

 

いずれにしても、Iさんご指摘の通り、小選挙区制度下の強すぎる与党、強すぎる執行部がなせる業だと思います。国会議員がサラリーマン化していることが大いなる問題だと憂慮・懸念しています。

 

以上、雑感まで。

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

沖縄の選択を重く受け止めなければ

 

こさいたろうの視点・論点 0066

2018/10/02

 

 

沖縄の選択を重く受け止めなければ

 

 

9月30日、日本列島を台風が縦断する中、沖縄県知事選挙の投開票が行われた。翁長前知事の死去に伴い行われたこの選挙は、米軍普天間飛行場を名護市辺野古に移設することの是非が最大の争点だった。激戦の末、辺野古移設に反対の姿勢を明確に示した玉城デニー氏が当選した。

 

辺野古移設を強力に進める自民公明の政権与党が推薦した佐喜真敦氏、316,458票。これに対し、反対の玉木デニー氏、396,632票。大接戦という予測に反し、8万票以上の大差がついた。また、選挙終盤から投票日にかけて台風が直撃したが、投票率は過去3回の知事選とほぼ同じ63.24%だった。

 

これは、極めて明確に、はっきりと沖縄県民の意志表示がなされたものと見るべきだ。現状のままで基地を新しくつくることに沖縄県民はNOという意志を示したと捉えなければならない。もうこれ以上の基地はいらない、という沖縄県民の思いを重く受け止めねばならない結果だと私は思う。

 

かつて、私が国政に挑戦していた頃、普天間基地の極めて高い危険性を除去するためには辺野古への移設もやむを得ないという立場だった。橋本内閣の大臣だった田中秀征氏や総理秘書官だった江田憲司氏から、橋本首相が普天間返還のために苦渋の決断をし、沖縄と粘り強く対話していたことを聞いていたからだ。

 

前知事の翁長氏は自民党時代、辺野古移設に賛成していたという。しかし、時を経て、辺野古移設に絶対反対の立場に変わり、県知事となった。盟友の稲嶺元知事はあるインタビューでこう述べている。

 

「自民党時代の翁長君は確かに辺野古移設に賛成していました。その後の議論の中で、彼はおかしさを感じたんじゃないかと思うんです。沖縄では議論を重ねているのに、いつまでたっても日本全体は、外交や国防という問題は自分たちには蚊帳の外、関係ない問題だ、という意識で沖縄に多くの基地負担を押し付けている。それについて、改善の努力もしない。そんな状況にしびれを切らしたんでしょう。」(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57723 より引用)

 

太平洋戦争末期には、本土の盾となるべく軍民問わず玉砕を命じられた沖縄。戦後、長年にわたり米国に占領され続けた沖縄。復帰後も多くの基地が残り、不条理な事件や事故が後を絶たない沖縄。平和憲法を持つ日本の安全保障の負の側面を一手に引き受けている沖縄。私たちが本当の意味でその悲哀を理解することは難しい。

 

ただ、思いを寄せ、思いを致し、共に考え、共に問題を解決するために努力することはできるはずだ。私は、戦争を経験した前世代の政治家は、保守・革新の別なくそれができていた、本心からそうすべきだと思っていたのだと思う。だからこそ、沖縄の旧保守勢力は辺野古移設という結果を条件付きで認めてきたのではないだろうか。

 

しかし、時は移ろってしまった。まずは、無責任な民主党政権。鳩山氏の「最低でも県外」発言。根拠や見通しがあるのなら大歓迎されるべき方針だが、何もなかった。全くなかった。その後、やっぱり辺野古移転で、となりこの問題は大きく迷走を始めることとなった。

 

その後の安倍自民党政権。辺野古移設を強力に進め始めるが、沖縄県知事選挙で反対派の翁長氏が当選すると、のっけからその就任あいさつを拒否。以降、決定的な対立の構図の中で、安倍政権は決定事項を粛々と進めようと動き、今に至っている。そこには、沖縄に負担を強いているという負い目のようなものは全く感じられない。

 

この選挙でも、佐喜真候補の応援に乗り込んだ菅官房長官は、辺野古問題には一切触れず、携帯電話の料金を4割下げるといった演説をとうとうと続けたと批判を受けている。多くの沖縄の人々の心を理解しない現政権の姿勢を如実に表しているように感じる。

 

たしかに、玉城新知事となっても、すでに工事が始まっている辺野古を止めるのは難しいのかもしれない。普天間の危険を除去することがこれ以上先送りになることもあってはならない。ただそれでも、沖縄の人々は、もうこれ以上の基地はいらないとする玉城氏に自らの期待を重ね合わせたのだと思う。

 

沖縄県知事選の直前、安倍首相は自民党総裁選で三選を果たし、あと三年間の総裁任期を得た。これまでの振る舞いを見れば、多くを期待することはできない。ただそれでも、沖縄の選挙結果を重く受け止め、対話のテーブルについてほしいものだと願わずにはいられない。

 

日本はそろそろ、沖縄ありきの日米安全保障体制を変えていく準備を始めるべきではないだろうか。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

追悼 井出正一さん

 

こさいたろうの視点・論点 0065

2018/09/15

 

追悼 井出正一さん

 

井出正一さんが旅立たれた。ご存知ない方もあるかもしれないので、以下、東信ジャーナルの記事を引用させて頂く。

 

(以下、東信ジャーナル訃報記事より)

新党さきがけ代表や厚生大臣を務めた元衆議院議員、井出正一(いで しょういち)氏=佐久市臼田(旧臼田町)出身=が、2日午前6時56分、佐久市の佐久医療センターで呼吸不全のため死去した。先月より体調を崩し同病院に入院していた。79歳。通夜は近親者のみで5日午後6時、佐久市臼田620の2の自宅。

葬儀告別式は17日午後1時、佐久市営武道館(佐久市中込2941)で、井出家と橘倉酒造合同葬。喪主は長男の太(ふとし)さんと、二男の平(たいら)さん。葬儀委員長は栁田清二(やなぎだ せいじ)佐久市市長。

井出氏は昭和14年6月20日、農林大臣、郵政大臣、内閣官房長官を歴任した衆院議員、井出一太郎氏の長男として誕生。現衆議院議員の井出庸生氏の叔父で、小諸市の元参院議員・衆院議員、小諸市長等の小山邦太郎氏は祖父。栁田佐久市長、小泉俊博小諸市長は井出氏の秘書を務めた。

慶応義塾大学経済学部卒、同大学院修了。昭和61年に自民党の衆院議員で初当選し、3期10年。平成5年に自民党を離党して3期目は新党さきがけで当選。同6年夏から村山内閣で13カ月、厚生大臣を務めた。党代表になり同8年の衆院選は、中選挙区制から小選挙区比例代表並立制になり、小選挙区では新進党の羽田孜氏に敗れ、比例復活できずに落選、同10年の参院選でも落選した。

家業の橘倉酒造で代表取締役会長を務め、平成14年から長野県日中友好協会長を同27年まで務めた。

(引用終わり)

 

私は、大学在学中に東京都議会議員の秘書や選対事務局長を経験した後、結党直後の新党さきがけに所属する代議士の秘書となった。自ら政治家を志すこととなった原点が、新党さきがけだった。

 

井出正一さんは、この新党さきがけの結党メンバーだった。自民党から飛び出した10人の代議士たちの一人だった。私は事務方の末席も末席に座っていただけだったが、新しい日本を作ろうとする姿は眩しかった。

 

当時、冷戦体制の終焉、バブル経済の崩壊、国内外で社会秩序の激変が始まっていた。日本の政界は新たな針路を指し示すことができず、むしろリクルート事件をはじめとする政治とカネ問題で迷走していた。

 

そんな状況を打ち破らねばならないと思う同志が自民党を離党し、結集した。中選挙区制度下、父親から受け継いだ固い地盤を持つ井出さんは、自民党にいればまず当選は間違いない環境にあった。

 

自らの保身を捨て、あえて荒波に打って出たのが井出さんはじめさきがけのチャーターメンバーだった。38年にわたる自民党一党支配を終わらせ、新たな政治の幕を開いた功績は極めて大きい。

 

しかし、その後の新党さきがけは順風満帆とはいかず、小選挙区制度の導入が引き金となり起きた政党の離合集散の動きに埋没していく。多くの国会議員、地方議員が党を離れていく中、私は党に残った。

 

そして、衆院選前夜、党代表となった井出さんを、東京支部所属の私が代表室に訪ねた。東京ブロックで比例代表候補を絶対に擁立すべきと要請するために。

 

当時、東京選出の代議士が一人党に残っていたが、新しくできる民主党の推薦を得る代わりに新党さきがけが東京で比例候補を出さないということを、さきがけから民主党に移った菅直人氏と約束していた。

 

それはどうしても納得できない。井出さんへの直談判だった。代表室で湯呑に酒を注ぎ差し出してくれた井出さんは「小斉君、僕も同じ思いだ」と言ってくれた。生意気な若僧に対してこの時も、この後も分け隔てなく接してくれた。

 

結局、東京で比例候補は出せず、さきがけは2議席に。井出さんも落選された。次の参院選で再起を期したが届かなかった。そして、「さきがけは終の棲家である」とおっしゃって、静かに政界を引退された。

 

引退後も、常に私のことを気にかけて頂いた。無謀ともいえる挑戦にあたっても、いつも激励の言葉を贈って下さった。私が背水の陣と定めて戦った参院選の時に送っていただいた色紙にはこうあった。

 

さきがけの志をば掲げつつ 弓張り給へ 鹿を逐へ君

 

政治家としての原点が「さきがけ」にあるということを改めて思い出させて下さった。土地に根ざし、常に少数意見に耳を傾け、平和を志向し続ける井出さんの姿勢。まさにさきがけであり、僕が理想とする良識ある保守政治家の姿だった。

 

今も私の盟友である、井出正一門下で現佐久市長の柳田清二君のおかげで、出棺前、先生と最後のお別れをすることができた。目を覚まして「小斉君」と声をかけてくれそうな、眠っているようなお顔だった。

 

先生、ありがとうございました。私は、さきがけの志を忘れることなく、山あり谷ありの人生を歩み続けて参ります。

 

合掌

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

終の棲家 さきがけ

中古価格
¥1,700から
(2018/9/16 15:04時点)

 

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

『中古』終の棲家 さきがけ
価格:4989円(税込、送料別) (2018/9/16時点)

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

これからの災害 復旧にとどまるだけでいいのか

 

こさいたろうの視点・論点 0064

2018/09/09

 

これからの災害 復旧にとどまるだけでいいのか

 

9月6日、北海道で大地震が発生した。その二日前には、関西から北陸にかけて激烈な台風が上陸。改めて、わが日本は自然災害から免れぬ運命であることを痛感させられる。

 

まずは、無情にも命を落とされた方々に心より哀悼の意を表するとともに、被災された皆様にお見舞い申し上げたい。一日も早く平穏な日常を取り戻されるよう祈るばかりである。

 

 

2018年、まだ四か月残っているものの、すでに多数の自然災害が頻発する年となってしまっている。

 

北海道の地震、先の台風上陸に加え、冬の豪雪、1月の草津白根山噴火、4月の島根県西部地震、5月の霧島山・新燃岳噴火、6月の大阪府北部地震、7月の西日本豪雨など枚挙に暇ない。夏の殺人的猛暑も激烈な自然災害に数えるべきかもしれない。

 

あまりにたくさんの災害がありすぎて、新たな災害が起きると、以前の災害の記憶は急速に薄れていってしまう。旧知のテーラー経営者の方はFacebookで「店頭での義援金、今年は何回送金先を代えることになるのでしょうか」と投稿されていた。

 

昨年の干支は60年に1度巡ってくる丁酉(ひのと・とり)で、昔からこの年には自然災害が頻発するといわれてきたそうだ。それが一年遅れてやってきたとネット上では話題だ。そんないわれがあるほどに、日本は自然災害が起きやすい地域なのだと再認識しなければならない。

 

今のところ人間には制御不能である。地震も噴火も台風も、寒さや暑さも、止めたりコントロールしたりすることはできない。適当な言葉とは言えないが、これからはいかにうまく付き合い、やり過ごし、最低限命だけは守るということではないかと僕は思っている。

 

報道によると、今回の北海道大地震と西日本の台風災害を受け、補正予算案の編成方針を決めたとのこと。関係者は総額一兆円を超える規模になる可能性に言及しているという。

 

一日も早く人々が日常の生活に戻れるように取り組むこと、もちろんこれには反対しないし、迅速にやってもらいたい。ただ「復旧」という言葉が示すような「元に戻す」という対応を繰り返すことだけで本当によいのだろうか。

 

数年前、山梨でも大雪害があった。数多くの農業用ハウスが倒壊した。それらの撤去と建て替えには補助金が充てられた。償却年数がとっくに終わった古びたハウスが、雪害の後、ほとんど自己負担なく新品に置き換わったことを私は実際に目の当たりにした。

 

当時、北関東から長野県中部にかけて雪害地域に同様に適用された。充てられた税金の総額はいかほどになるのだろうか。自然災害が起きるたびに、同じような税金投入を続けることはできるのだろうか。私はかなり悲観的にならざるを得ない。

 

自然災害はいつかどこかで必ずやってくることを前提として、新たな国づくり、地域づくりをしていく必要があるのではないだろうか。住む場所も、建物の形状も、産業のあり方も、命だけは守れるように、建物や公共インフラは被害にあってもすぐに更新できるように、長い年月をかけても置き換えていくべきだと思う。

 

それには、長期的視点による計画が必要である。その昔、関東大震災後、復興院総裁となった後藤新平は「地震は何度でもやってくる」「大きな被害を出さないため公園と道路をつくる」と、国家の百年後を見据えた大構想をぶち上げる。

 

幅員100メートルの幹線道路や広大な緑地帯を、皇居を中心に環状に配する。学校と公園を一体整備し、地域の防火・避難エリアとする。環状道路や都心の一部学校、砧緑地などにその名残がある。まさに未来を見据えた大構想だった。

 

結果としては、地主やそれらを基盤とする既成政治家の大抵抗にあい、計画は大幅縮小、後藤構想とは似て非なるものとなってしまうのだが、今こそ、日本国全土にわたってそんな大構想が必要ではないだろうか。

 

しかし、その逆に政治はどんどん小粒になり下がってしまっている。目先の金をわが選挙区に引っ張ることで自らの選挙を有利に進めたい、政治の多くの動きがそんな風に見えてならない。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

東京都心の摩天楼化を見て思い出すこと

 

こさいたろうの視点・論点 0063

2018/09/03

 

東京都心の摩天楼化を見て思い出すこと

 

先日、旧知の方より連絡がありました。港区西麻布の再開発に関して調べているとのこと。当該地周辺に住んでいる人で今も付き合いがある人があれば紹介してほしいとのことでした。私も山梨に移りすでに丸5年。振り返ってみれば、港区で生活していた日々は遠い昔のこととなりつつあります。

 

そんな話があったこともあり、今の港区の開発動向はどうなっているのか気になり、ネット検索をかけてみました。相変わらず、続いていますね。新橋・虎ノ門・赤坂の港区北部と、新橋駅から品川駅付近までの東海道線沿いは「再開発促進地区」に指定され、多くの開発が進行中です。

 

都市計画決定による街づくり地区位置図(PDF:943KB):港区役所公式サイトより

https://www.city.minato.tokyo.jp/toshikeikaku/toshikeikaku/chikukeikaku/documents/h30machizukuriichizu.pdf

 

都市計画による街づくり地区の一覧は、以下の表にまとめられています。完了しているもの、進行中のものを含めて、全部で50地区あります。この中には有名な、六本木ヒルズや東京ミッドタウンももちろん入っていて、最近ニュースになっている品川・田町間にできる山手線の新駅を核とした開発も含まれています。

 

都市計画による街づくり地区の一覧(PDF:108KB):港区役所公式サイトより

https://www.city.minato.tokyo.jp/toshikeikaku/toshikeikaku/chikukeikaku/documents/h30machizukurichikuchiran.pdf

 

私が港区議会議員に初当選させて頂いたのは平成7年(1995年)。そのころは13番目くらいまでが完成していました。その後、汐留、品川駅東口、泉ガーデンなど、続々と大規模な開発が完成していきました。この20年余りで、港区の街並みは大きく変貌したのです。

 

私は、大規模な再開発に必ずしも反対する立場ではありませんでした。時代に合わせ、防災上の観点や経済の進展も見据え、開発が必要な地域はあります。森ビルや三井不動産などは総じて、開発後のソフト面のまちづくりも見据えて手掛けていたように思います。

 

 

大手デベロッパーが大規模再開発を手掛ける一方で、主に経済政策的意味合いから建築関連の規制緩和がなされ、小さな敷地に異常に背の高いビルが建てられるようにもなっていきました。総合設計制度やら天空率やらという制度で容積率が緩和された結果、周辺のまちなみに合わないビルが立ち上がりました。

 

私は当時、良好な住環境を長期にわたり維持・発展させるためには、良好なまちなみ、景観を保つための仕組みが不可欠だと主張していました。背の高いビルが計画されると、周辺住民が反対するといういわゆる「建築紛争」が頻発していました。

 

法令上建築可能となれば、事業者はなるべく高く立てて、儲けを多くしたいとなります。まあ、やむを得ないですよね。だから、いくら反対運動を起こしても実のある結果は得られません。時には、ゴネにゴネて金で解決させようとする住民が、議員がいたことも事実です。

 

いろいろ勉強しまして、これは「絶対高さ制限」というルールを設定しない限り、まちなみの維持・保全はできないな、という自分なりの結論に至り、議会で強く取り上げることにしたのです。でも、あの当時の区役所は動きがかなり鈍かったんですよね。

 

以下のような質問を何度もしたのですが、まあケンモホロロ、と言いますか。正直、真剣に取り上げてくれるような雰囲気はありませんでした。

 

絶対高さ制限を定めよ(小斉太郎一般質問要約):https://wp.me/p8PEo8-qE

建物の高さ規制を早急に(小斉太郎委員会質疑要約):https://wp.me/p8PEo8-u7

 

でも、この機会に港区役所の公式サイトを見ましたら、実現させてくれていました。なかなかしっかりした形で。すでに、港区議をやめて7年になりますが、わずかながらも政策決定に影響を与えることができたように感じ、今更ながら勝手に喜んでいます。

 

絶対高さ制限を定める高度地区の概要(PDF:563KB):港区役所公式サイトより

https://www.city.minato.tokyo.jp/toshikeikaku/documents/koudo_summary.pdf

 

政治・行政の世界では、「都市計画は国家百年の視点で」とも言われます。老朽マンション建て替えを検討する関係者などには「資産価値が下がる」と評判が悪いようですが、長期的視野に立てば絶対に必要なルールだと私は今も確信しています。

 

こんなことを思い出しました。昔話にて恐縮ですが、「少数でも、主権者の賛同を得ることにより、言論で政治を動かせる」いうことを現役の政治家各位に今特に伝えたいと思います。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

「出自」ではなく「実力」が評価される社会が必要

 

こさいたろうの視点・論点 0062

2018/09/02

 

「出自」ではなく「実力」が評価される社会が必要

 

少年野球をしている息子が楽しみにしているテレビアニメがある。メジャーセカンドという作品(NHK Eテレ 毎週土曜17:35-)。小学生の野球漫画だ。

 

主人公と準主役の小学生二人の父親は、元メジャーリーガーで盟友という設定。さらには、主人公の祖父もプロ野球選手だったというストーリー。物語としては面白くていいのだが、このアニメを見ながら密かに感じていることが私にはある。それは、二世や三世が当たり前に描かれていることへの漠然とした違和感だ。

 

私が子どものころに熱中した野球漫画に、二世は出てこなかった。息子が野球を始めたことで思い出して、最近文庫版を大人買いしてしまった「ドカベン」。主人公の山田太郎は、小学生時代に交通事故で両親を亡くし、畳屋の祖父との貧しい家庭に育つという設定だ。

 

実際の野球選手でも、王選手は下町の中華屋の息子だったし、野村選手は母一人貧乏な生活から這い上がってきた。調べると、長嶋選手も大学時代に父親が急逝し、母親が行商で生活を支えたとか。

 

もちろん、スポーツ選手の二世でも、成功を収めるためには人並みを越えた努力をされているはずで、敬意を表する。ただ、今の時代なので貧乏からとは言わないまでも、特別でない環境から努力で夢をつかむ方に光を当ててほしい。というか、当てるべきだと私は思う。

 

出自ではなく、思い(夢)や努力の価値を重んじるべきではないだろうか。

 

 

私は、政治が与える影響も少なからずあるように感じている。今月、自由民主党の総裁選挙がある。安倍首相と石破氏の一騎打ちになりそうだが、この二人も実は世襲議員だ。

 

安倍首相の祖父が岸信介元首相であることは有名だが、父も父方の祖父も代議士である。一方の石破氏も、父は鳥取県知事から参議院議員となった政治家だ。

 

さらに言えば、総裁選挙にあたり名前の挙がっていた野田聖子氏は祖父が代議士、河野太郎氏と岸田文雄氏は祖父も父も代議士、小泉進次郎氏に至っては曽祖父以来4代目の大世襲政治家である。自民党の総裁候補は、これ以降も軒並み世襲政治家が続く可能性が高い。

 

政治家の子が政治家に。政治家一族。農家だとか造り酒屋が代々跡を継いでいくことに違和感はないが、政治の世界も同じようでいいのだろうか。国民の各界各層から有為な人材を、出自とは関係なく見つけ出していくことが求められるのではないだろうか。

 

特に、これから急速な少子高齢化が進み、社会の構造が変わり、新しい将来設計図を描かねばならない時、現行システムの中でいわば勝ち組ともいえる政治家一族の一員に、社会システムの大胆な変更を担えるだろうか。私は疑問符を付けざるを得ない。

 

スポーツの世界であれば、いくら二世でも実力が伴わなければ残念ながら淘汰されてしまう。しかし、政治の世界では、いわゆる地盤はもちろんのこと、人脈や経験など有形無形の財産が引き継がれることで、地位が継承されていく。必ずしも実力とは言えない下駄を履く。既得権といえる。

 

20世紀には圧倒的速度による文明の進展があり、これからはその歪みが世界の至る所で表面化していくはずだ。国内外における大きな変革期を迎えるにあたり、私たち主権者には、政治を任せる人材を出自によってではなく、その実力や見識、情熱を厳しく見極めて探し出す努力が求められる。

 

そんな時代にあるからこそ、子どもの野球漫画であっても、主人公の役柄設定を必要以上に気にしてしまう。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

自民党総裁選を注視する

 

こさいたろうの視点・論点 0061

2018/08/22

 

自民党総裁選を注視する

 

ANN世論調査(8/18-19)、自民党の次期総裁には誰がよいかの回答。石破茂42%、安倍首相34%、野田聖子氏10%。ただ、自民党支持層に限定すると、安倍首相58%、石破氏31%、野田氏5%。

 

一方で、自民党国会議員の動向は、報道によると、主要派閥は軒並み安倍首相の支持を決めており、約70%の票を固めた形だという。

 

これらの数字に、昨今の日本政治の問題点が表れている。国会は民意を反映していないことがよくわかる。国民が安倍首相に不安や懸念・疑義を持っていても、自民党の国会議員はさほど感じていない。あるいは、別の要因で安倍首相を支持せざるを得ないのだろう。

 

そもそも選挙からして民意を反映しない制度となっていることが根本原因だ。常に指摘している通り、40%の得票で70%の議席を得ているのが国政の実態。選挙が終わると、多くの国民の声はかき消されていく。

 

さらに言えば、政党に所属し、選挙の際に公認を得ることが当選へのほぼ絶対の条件となっており、国会議員やその候補者は国民ではなく公認権を握る所属政党の幹部に顔が向くようになる。人事権も握られている。

 

ゆえに、国民の40%が次期自民党総裁には石破氏がよいのではないかと思っていても、自民党国会議員の70%は安倍首相続投を支持するという「ねじれ」が生じる。一時、「衆参のねじれ」が国政の停滞を招くといわれたことがあったが、いまや国民と国会がねじれてしまうに至ってしまった。

 

衆参のねじれは、両院がそれぞれの見識に従いお互いの決定をチェックするというメリットが少なからずある。しかし、国民と国会のねじれは、民主主義国家として大きな問題をはらむ。主権者である国民の意志とは別な方向に、権力者が政治を進めてしまう危険性がある。

 

言うまでもなく、9月の自民党総裁選挙の当選者は、次の内閣総理大臣となる。自民党の議席が過半数を大きく上回っているからそう断言できるのだが、だからと言って、自民党という乗組員グループの中だけで船長を決めて、あとの者は船長に従え、というのはいかがなものか。

 

 

 

一部の報道によると、政策テーマごとの討論を石破氏が希望しているのに対して、安倍首相サイドは消極的な姿勢だという。そのようなことがあってよいものか。

 

繰り返しになるが、今回の自民党総裁選挙は、実質的に次期総理大臣を決める選挙となる。つまり、国民全体の将来に大きく関わる選挙だ。自民党員にのみ投票の権利があるとはいえ、国民には選挙の行方を知る権利があるはずだ。

 

たとえ一票を持たないにしても、立候補者の人となりを知り、目指すべき国家像やそれを実現させる具体的政策を聞き、批判したり、あるいは支持したりする思いを表明することができてしかるべきである。

 

特に、この間の国政運営においては、モリカケ問題にとどまらず、自衛隊の日報隠し、働き方改革法案の杜撰なデータ捏造など、権力者サイドを忖度したかのような行政機関の不祥事が頻発してきた。これらをどう総括し、どのような政治責任を取り、改革していくのか、国民として見過ごすわけにはいかない。

 

また、安倍首相再選ならば憲法改正を政治日程に乗せるということのようだが、この点に関しても、9条2項を残しつつ自衛隊の存在を明記するという案、国民的議論が熟していると言えるのか。日本の将来にかかわる重大問題だけに、候補者の明確な姿勢を国民に伝えるべきだ。

 

いずれにしても、国民の意志を置き去りにした政治にならぬよう、あきらめずに注視し続けることが重要だと考えている。さらには、民意を反映する政治システムへの改変にも思いを致す時期に来ていると思う。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。

誤審・潔く認めるということ

 

こさいたろうの視点・論点 0060

2018/08/10

 

誤審・潔く認めるということ

 

先日、久方ぶりに夏の甲子園大会をテレビ観戦しました。旭川大高校と佐久長聖高校の一戦。手に汗握る好ゲームでした。

 

私の両親の出身地である北海道の代表校がどうしても気になります。今でこそ実力差はなくなってきていますが、昔はかなり弱くて、応援していても負けることばかりでした。しかし、最近はなかなかの好ゲームをすることが多く、彼らのプレーが楽しみです。

 

結果は、5対4のサヨナラゲーム。導入後初の延長13回からのタイブレーク勝負となり、佐久長聖高校がチャンスをものにしました。もちろん、佐久長聖のナインも全力プレー、両校の健闘を称える気持ちはありますが、実は8回表にある事件(僕はそう思っています)が起きていました。

 

旭川大が3-2とリードして迎えた8回表、佐久長聖の攻撃。二死走者なしから2番打者が左翼への浅い飛球を打ち上げました。左翼手は懸命に前進、ダイビングキャッチ。華麗なるファインプレーでした。僕も「よし!」と思わずテレビの前で叫びましたが…。テレビの画面には一塁に打者走者が立っている映像が映し出されていまではないですか。判定は捕球を認めず安打になったというアナウンサーの説明が聞こえてきました。

 

その後、数回スロービデオが流されましたが、どうみてもダイレクトキャッチの超ファインプレーにしか見えません。一緒に見ていた息子も「捕ってるよ~」と。でも、微妙な判定のプレーはNHKはVTRを繰り返さないのは昔から。ネットで確認してみると、捕球シーンの動画が無数に上がっていました。僕だけの勘違いではないことを確信しました。

 

試合後の、旭川大高校監督の談話。「審判がヒットと言えばヒットです」。当該の左翼手は、「自分の中ではつかんだと思ったんですが…」と述べた後、「その後ミスしたことには変わりない。自分のミスで負けてしまって申し訳ない」と話していました。潔さに感服しました。

 

でも、彼らの潔さはそれとして、ダイレクト捕球シーンがテレビで捉えられている中で、判定を下した審判や高野連は何の対応もしないのでしょうか。

 

 

 

2018年8月6日 21時27分 東スポWebの記事より。『試合後、高野連の竹中事務局長は「審判には完全捕球に見えなかったということ。(苦情や抗議の)電話は数件かかってきたとは聞いている。リプレー検証は今後も全く考えてないです」と話した。』

 

僕は、ダメだと思います。高校生の野球だからと、抗議してはいけない決まりだからと、今回のような判定を不問に付していいはずがないと思うのです。

 

確かに審判も人間です。ミスもあると思います。そして、審判の判定を最終的には受け入れねばならないのだとも思います。そうしなければ、勝負が成り立ちませんから。でも、映像を確認し、ミスがあったのならばそれを謝し、さらなる審判技術の向上につなげるべきです。いかにアマチュアの高校野球であっても、選手たちは勝利を目指して日夜厳しい練習を重ねてきているわけです。一つのプレーで流れが大きく変わるのと同じように、一つの判定ミスで流れが大きく変わってしまうこともあります。今回はまさにそれでした。責任は重大だと思います。

 

高校生に対してだからこそ、大人はミスがあれば潔く認めねばなりません。誤りがあっても、権威や権力をかさに着て誤りを認めない、世間の声にも耳を貸さず、自らに誤りなしと開き直る。これは、教育的観点からも間違えていると思います。私たちは、そんな社会を志向しているでしょうか。そんなはずはありません。

 

試合に出たいなら相手選手にけがを負わせろといったアメフトの監督、判定を捻じ曲げろといったボクシングの会長。ことが明るみに出た後も、そんなことは言っていないという開き直った嘘のコメント。問題の根幹は通底しているように感じます。

 

高校野球、夏の甲子園大会は今回で100回目とのこと。公共放送がほぼ全試合を生中継する。一部の私立高校は名前を売り優秀な生徒を集めるために選手を全国から集める。高校生の全力プレーが感動を呼びますが、その感動をいわば利用するかのような大人の利権が絡みすぎてきてしまっているのではないでしょうか。こんな高校スポーツは他にありません。

 

私の住む山梨県でもベストフォーに残る高校で地元選手のレギュラーメンバーは一握りしか見当たりません。こんなことを言うのもなんですが、佐久長聖高校の多くのメンバーは関西出身でした。

 

そんな問題に加え、今や「命にかかわる危険な暑さ」と形容詞がつく昨今の日本の夏。この時期の日中、炎天下で高校生にプレーさせてもよいのか、という議論も高まっています。

 

今回の「誤審」も一つのきっかけとして、高校野球のあり方を再考すべき時が来ていると感じます。さらには、スポーツ競技にかかわる組織・団体の閉鎖性、独善性にもメスを入れるべき時期にあるのだと強く思います。そして、それは日本社会体のありよう、目指すべき針路にも深くかかわる議論であるべきとも思います。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

※ 今の社会や政治に対して思うことを書き、発信する活動「こさいたろうの視点・論点」を始めています。

※ 現在、数十人の皆様にご購読料(発行協力費)を頂いております関係から、公式サイトには原則冒頭部分のみ掲載させて頂きます。誠に恐縮に存じますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

※ ただし、時勢や内容等によっては全文公開する場合がありますこと、ご購読者の皆様にはご了解賜りたく存じます。

※ ご購読下さる方は、こさい宛てご連絡ください。月額500円(一口)をお願いしております。電子メールにて全文お送り致します。

※ 政治の現場を離れて4年、内容的に皆様にご納得頂けるものが書けるか、いささか不安ではありますが、これまでの自らの政治活動を思い返しながら、頑張ります。また、いずれ、ご購読者の皆様に見える形の双方向のやり取りができるようなオンラインサロンのようなものの立ち上げも考えています。