平成最後のクリスマスに思うこと

 

こさいたろうの視点・論点 0076

2018/12/23

 

平成最後のクリスマスに思うこと

 

今年もクリスマスがやってきます。ただ、平成という代にやってくるクリスマスはこれが最後です。来年は天皇陛下が代わられて、新しい元号の下、クリスマスがやってくるのです。こういう表現、会えてしてみましたが、間違ってはいないと思います。が、なんだかしっくりきません。

 

5年前に山里での農作業をはじめ、昨年からは住まうようになり、昔から抱いていた違和感が大きくなってきています。どうして、日本でキリストの誕生を祝うことが国民的行事になっているのか。しかも、キリストの誕生を祝うなどと思っている人は、キリスト教の信者さん以外はほとんどいないはず。

 

サンタクロースになり代わって、親が子どもにプレゼントをあげる日。恋人同士がプレゼント交換をする日。そんなお楽しみイベント、それ以上でも以下でもない人がほとんどだと思います。このほかにも、バレンタインデーや、昨今ではハロウィンなどもありますが、僕は元来何の日なのか知りませんでした。これを書くのに調べてみますと、バレンタインデーは「殉教者・バレンタインの記念日」だそうで、ハロウィンは「秋の収穫を祝い悪霊を追い出す古代ケルト人の宗教的行事」だそうです。

 

その時期が来ると大騒ぎになる両行事も、クリスマスと同様にその起源に思いを致す人などどれだけいるのでしょうか。バレンタインの日は、思いを寄せた異性にチョコレートをあげる日。ハロウィンは僕が大人になってから盛んになった気がしますが、最近では仮装して夜中じゅう屋外で騒ぎまくる発散の日と化しているようです。戦後、あるいは明治維新以降、異文化の行事と商売を絡めて、その本来的意味を顧みることなく、日本社会に浸透しました。

 

子どものころや若い頃はあまり疑問も持たずに世の流れに身を任せていましたが、山里に住み、わが身が自然に包まれるがごとく環境で生活するようになり、自分たちは何者か、振り返ってみることが必要な気がしています。

 

日本には、その歴史や伝統に根ざした季節の行事があるはずです。お正月から節分、お花見やお月見、収穫を祝う秋祭りなど、地域によっても様々に行われているのだと思います。そこには決して、クリスマスもバレンタインもハロウィンも出てはきません。

 

来年から新しい天皇陛下が生まれ、新しい元号になります。日本の、日本人の原点は何かに改めて思いを致し、その上で、これからどんな日本の未来を志向していくのか、考える絶好の機会です。

 

働き手がいないから外国人をもっと簡単に呼べるようにとか、社会保障の金が足りないから消費税を上げればいいとか、景気が悪くなると困るから公共事業をバンバンやっちゃえとか、カジノ作って金集め使用とか、「目先の金」のことばかりで動いていく政治で本当にいいのでしょうか。

 

いずれにしても、バレンタインやハロウィンやクリスマスを国民的行事に仕立て上げて金儲けにつなげる。七五三や成人式も同じですよね。そんな華美なことを国民みんながやる必要が本当にあるのでしょうか。考え直す必要があります。

 

平成最後のクリスマスをもうすぐ迎えるにあたり、山里でそんなことを考えています。人間、金がなくなると、現状に否定的になりがちです(笑)年の瀬にすみません <m(__)m> メリークリスマス!

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

 

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