お金がかかるIT社会

 

こさいたろうの視点・論点 0130

2020/02/17

 

お金がかかるIT社会

 

実は、先日パソコンがクラッシュしました。電源が入らなくなったのです。すでに8年ほど使っているもので、昨年後半から怪しい動きを見せていたので、データのバックアップとともに、入れ替えも検討しなければと思ってはいました。

 

思っていながらも行動に移せなかった理由、それはお金でした。個人事業主でも、さまざまな場面で使わねばならないパソコン。効率的な作業をしつつ、より長く使えるものをと考えると、ある程度のお金を出して一定のスペックのあるものを購入する必要があります。購入資金をどう捻出するか、悩んでいるうちに、その日はやってきてしまいました。

 

なお、ハードディスクは何とか生き残っていて、簡単にコピーできる機械と新しいハードディスクを購入して、ひとまず事なきを得ました。不幸中の幸いでした。今後は自動でバックアップが取れるよう設定するつもりです。

 

今回の件、一般常識的には自己責任。そのようなリスクも考えて事業をしなければならないのは重々承知しているつもりです。ただ、今や、パソコンなどのIT機器がなければ仕事ができず、それらの導入にはお金がかかります。しかも、耐用年数は長くて6-7年、ソフトなどはサブスクリプションの世界、使い続ける限り支払いが発生する形式です。

 

ITを使って稼げる人にとっては問題ないのかもしれませんが、経営基盤が脆弱な零細経営者や個人事業主には、なかなか厳しい問題になります。

 

また、個人の話になりますが、中学生になった息子にもパソコンを買ってやるべきかと考えていた時期でもありました。結論的には、あと5年程度、高校卒業まで使えそうなスペックのパソコンを買うことにしましたが、まとまった出費となりました。さらに、うちは自宅内で使うものしか与えてませんが、中高生にはスマホも必須となってきており、かかるお金が積み重なっていきます。そろえるのは自己責任です。お金がなければ、与えることはできません。

 

今や、スマホもパソコンも、生きていくに不可欠なIT機器、社会的インフラと言っても過言ではありません。この30年の間に急速に普及したのです。つまり、30年以上前、僕が中高生になるまでは生きるためにかからなかったお金と言えます。

 

これから先、この社会はどうあるべきなのでしょうか。誰にも頼まれてはいませんが、勝手に思い悩んでいます。よく言われるように、貧富の差によって、生きるためのさまざまな格差が生じていってしまうような実感があります。特に、生まれ育つところを選べない子どもたちにその影響は大です。最低限の下支えができる社会、目指すべきのように思います。

 

来週、新しいパソコンが届く予定です。価格や性能を検討し、国内メーカーのマウスコンピュータから購入することにしました。これまで以上に大切に使おうと思っています。そして、ある程度の年数で更新できるような事業が展開できるよう、頑張らねばと思っています。

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

     

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