こさい太郎の素浪人生活 その1

2004年(平成16年)6月、港区長選挙に立候補、力及ばず落選してからはや二年半が経ちました。この間、一番多くされたであろう質問は、「どうやって生活しているのか?」というものでした。「父親の残した財産がある」などという噂もあったようですが、実際は全くそのようなことはなく、豪放磊落な父は財産などほとんど残さずむしろ、自社ビルを建てた際の債務補償という大変な置き土産を残して、八年前に天に召されていきました。したがって、仕事もせずに生きていけるような状況には当然なく、落選によって生活の糧を失った私は、妻と二人で生きていくための方策を選挙翌日から考えることになったのです。

そして、その結果、現在は「①ミニコミ誌の発行②コインパーキングの巡回③ライオンズクラブの事務局④牛乳配達」をなりわいとして生活している次第です。九年間の区議会議員時代に築いた地域はじめさまざまな方々との関係をなるべく継続させたい、できるだけ港区の政治を肌で感じられる距離に身を置いていたい。落選は政治からの引退ではなく自身の「お色直し」と捉えていた私は、そんな訳で定時の仕事を探すことはせず、港区という地域の中に溶け込んで暮らせる方法を模索し、今の生活の姿となりました。その中身は必ずしも思い通りではありませんが、思い通りに進まないのが人生なのだと改めて気付かされながら、一歩ずつ歩んでおります。

これから当ブログで、数回にわたり「こさい太郎の素浪人生活」をご紹介させて頂きたいと思っています。

思い返すと二年半前の落選は、私にとって四回目の選挙にして初めての経験でした。開票後30分で早々に結果が出て、事務所での敗戦挨拶、報道陣の取材対応の後、集まって下さったみなさんにお詫びを申し上げ、感謝の意を込めてお一人お一人と握手をして、妻と二人事務所を後にしたのでした。日中降った大雨はすっかりあがり、時折水たまりのある雨上がりの夜道を、東麻布から新一の橋方面に出て、外苑東通りから六本木へとゆっくりと歩きました。その間、「明日からすべきことは何か?」からはじまり、「これからの生活をどうするか?」まで、二人で話したことを今おぼろげに思い出します。当然、何の結論も出ませんでしたが…。

ただ、明くる日からはいろいろ考えている余裕はほとんどなく、約一月余りは、支援下さった方々への選挙結果の電話報告と選挙の事後処理に追われました。そして、気付いてみると無収入となった私に、住宅ローンから管理費、光熱水費や国民健康保険、国民年金、もちろん食費などの生活費も含めて、生活の負担が否応なく、そして重くのしかかってくることになりました。

(つづく)


2件のコメントがあります


  1. マックス より:

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    あの時、奥さまが我が家の留守番電話に残してくれた、がらがら声のお礼のメッセージ、今でも覚えています。
    それで、本当に微力ながら応援できたらいいなという気持ちを持ったものです。
    気持ちばかりで申し訳ないですが。。。

  2. こさいたろう より:

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    マックスさん、コメントありがとうございました。お気持ちだけで十分です。これからもぜひ見守ってください。よろしくお願いします。また、コメントもお待ちしています。

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