10万㌖に達する!(+ワールドカップ雑談)

一昨夜、6月12日(月)の午後11時40分ごろ、船堀街道の宇喜田公園前(江戸川区)にて、わが愛車スズキ・エスクードがついに、通算走行距離10万㌖となりました。私は車を静かに止め、「100000」ときれいにメーターに数字が並んだ様子を、しばし眺めました。

初めての区議選に当選した後の8月、ピカピカの新車であるスズキ・エスクードが自宅マンション前に届けられてから10年と10ヶ月。自分でも「よく乗り続けたなぁ」と感慨に浸ってしまいました。そして、「大きな故障もなく、よく走り続けてくれたなぁ」と心の中で愛車を労いました。

平均すると1年に10,000㌔近くを走っていたことになります。移動に車を利用することの多い私の、さまざまな活動にお供をしてくれた訳です。スキーに旅行に視察に、遠出の時も頑張ってくれましたし、区長選挙では天井にスピーカーを積んで、宣伝活動もしてくれました。

そして何より、落選後の生活をさせてくれています。深夜のアルバイト(正式には請負ですが)、エスクードを操って東奔西走、近郊の駐車場の見回りをして生活費を稼いでいます。いわば稼ぎ頭、落選後の生活の面倒を見てくれる頼もしい存在になりました。本当にありがとうと言いたいです。

この8月に車検の時期を迎えます。飛び石でフロントガラスにひびが入り、フロアマットには穴があき、ボディーにも小さな傷が絶えません。カーステが壊れCDも聞けず、おまけに最近ラジオもたまに聞こえなくなるオンボロですが、ここまで連れ添ってきた古女房。いよいよになるまで乗り続けていこうと思っています。

問題は費用。フロントガラスは保険適用ですが、それ以外にも多分、ブレーキパッドやらファンベルトやらいろいろ不具合がありそうなので、まとまった金額になりそう。貯金なし、綱渡りの生活者には頭の痛いところなのです。何とかせねばっっっ!

ところで、10万㌔達成の直前、奇しくもワールドカップで豪州の同点ゴールが決まったことをラジオが伝えていました。サッカーについてはずぶの素人なので軽はずみなことはいえませんが、素人にもラジオからニッポンのもたつきが目に見えるようでした。僕は常々、監督に問題ありとみていたんです、実は。サッカーでは神様格の選手だった訳で、これは誰もが認めるところ。でも、サッカーとは全く別の部分で、私は大いに気になっていたのです。長くなるので、これは別の機会に。

でも、選手には頑張ってほしいですね。Jリーグができて10年以上経ちここまできたんですからね。大多数の日本人は応援していますが、それをあまり重荷に考えず、気負わずにのびのびやってほしいです。野球の世界戦(WBC)でも、他力本願ではありましたが、奇跡の復活で優勝まで登りつめたじゃぁないですか。

精一杯戦っている姿が美しいのです。万が一予選敗退となっても、スタンディングオベーションで迎えてあげたいものです。

「負けられない戦い」とか大手テレビメディアやサッカー協会幹部が先頭にあおっていますが、私に言わせればナンセンス。勝負には負けることもあるのだから。「勝てば官軍」という日本人気質、改めるべきだと思います。結果は大事だけれど、そこに至る経過がもっと重要なのだから。


3件のコメントがあります


  1. マックス より:

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    小斉さん、こんにちは。
    いつも楽しみにしています。

    失礼ながら「貯金無し」と書かれていましたが、どうやって不安と戦っていますか?

    私はとりあえず定職についていますが、それでも零細企業に勤める身、いつも将来が不安です。

    これが年金で生活するような高齢者なら、更に不安は大きいと思います。(課税されるようになったとか。)

    こんな日本に誰がした?と言いたいです。
    少子化が進む理由はこういうところにもあるのではないでしょうか?

  2. 小斉からの答え より:

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    マックスさん、コメントありがとうございます!更新頻度のせいか、コメントもTBもつかずにさみしくしておりました。

    さて、「不安と戦う」件ですが、実は自分でも不思議なくらい「戦う」という意識はありません。本当にギリギリで、今のアルバイト以外にもう一つ見つけなきゃならない雰囲気なのですが、「何とかなるさ」の心境です。性格によるものかもしれませんね。

    でも、「不安」なことは確かです。特に、老後や急な病気を心配する年頃になりました。子どもももうすぐ生まれるし、どうしようかと。

    僕は、自分の欲を少し抑えることが必要じゃないかと思っているんです。医者にかかるのも、子どもの教育も、遊ぶのも、金をかけようと思えばきりがありません。金があり金をかけたい人を非難するつもりは全くありません。それぞれの生き方ですから。ただ、今の自分を考えると、背伸びはできないし、する必要もないと思っています。できる範囲で自然に生きよう、こう思っています。

    質素でも美味しい食事を家族ととって、海外旅行に行かなくても家族で公園を散歩することに幸せを感じられる、そんなイメージでこれから過ごしたいなぁ。

    これからの政治は大事です。
    僕がささやかに望む生活すらできなくならないように、本当の意味での構造改革をしなくてはなりません。年金すら受け取れない、明日食べるものすら心配しなくてはならない、そんな事態にならないように、今本当のことを明らかにして、将来についての方向をみんなで話し合って決めなければならないと思います。年金の行く末も、借金の膨らみ方も、目に見えない役所の無駄遣いも、本当に明らかになっているとはいえません。

    とりとめなくなってしまいましたが、この辺でお答えにさせて下さい。出かける時間になってしまったので。マックスさんの、僕の答えに対するご意見もぜひ聞かせてください。お願いします。

  3. マックス より:

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    こんにちは。コメントのお返事ありがとうございます。

    小斉さんのおっしゃるとおり、気持ちの持ち方次第で、幸せにも不幸にもなってしまう気がします。

    今はまだ、それで済んでいるかもしれないけど、将来的にはどうなんでしょう、明るい明日が来る!とみんなが思って生きることができる日本になるのかなー?と心配です。

    そんな状態だと犯罪も増えるし、良いことがないですよね。

    人々がギスギスしないで、希望をもって生きられたら理想ですね。

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