憲政の常道
定例議会開会中です。
現在は、決算審議を行っています。
この議会では主に、まちづくり(高さ制限導入)、豊かな財政下における区政運営の方法(区民負担の低減も選択肢)、補助金の不適正支出と委託等事業者との契約の透明性確保、などについて取り上げています。ひとつのテーマを深く掘り下げているので、数多くのテーマを取り上げられないのが悩みです。ちなみに、決算審議の一人当たり質問時間は60分。会派としての総括質問が25分となっています。ちょっと足りないというのが本音ですが、会期を伸ばすことに慎重な勢力が多く、難しい情勢です。
さて、この度は以下のコラムを書いてみましたので掲載します。皆様からご意見をいただければ幸いです。
憲政の常道
自民党の福田新政権が発足した。
安倍前首相が国会での所信表明後、その責任を放棄し政権を投げ出したことにより、首相交代となった。衆議院において自民党が過半数を有しているため、マスコミも含め多くの国民が疑いなく、自民党内の総裁の交代イコール首相交代と認識し、淡々と事は進んだ。しかし、それは本当に正当なのだろうか。
直近の国政選挙、先の参院選では、明らかに安倍政権を信任しないという結論を国民は示した。民主主義制度を採用している以上、選挙で示された国民の意志が何よりも最優先されるべきであり、安倍首相(当時)の続投の決断に正当性はない。しかも、その後に内閣を改造し、諸外国で国際協力の意思を改めて表明し、国会において自らの所信を明らかにして、今後とも自らの政策を推し進めていく強い姿勢を示した。その上での唐突な退陣表明である。国政を司る内閣総理大臣としてきわめて無責任であり、まさに前代未聞の行動だった。その安倍氏をこぞって首班指名し支え続けたのは紛れもなく与党自民党・公明党だ。前述の通り、参院選後二度にわたって、一国のトップリーダーとしての資質を本質的に問われる事態が起きたのであるから、その人物を指名し支え続けた自民党の責任はきわめて重大である、と厳しく指摘せざるを得ない。
内閣総理大臣が政権運営に行き詰まり政権を維持できなくなった際、直ちに野党第一党に政権を引き渡す。これが「憲政の常道」である。この原則に従えば、野党は衆議院で少数のため、早期に解散総選挙となり、そこで示される民意に基づく安定した政権が誕生するであろうと推測される。
「憲政の常道」は、憲法或いは法律上の規定ではもちろんない。しかし、議会制民主主義とそれに基づくわが国の議院内閣制の健全な発展に欠かせない原理原則として、十分現代にも通用するものと私は考える。
「憲政の常道」を常に念頭において政治に携わっていた政治家が、過去日本にいた。
まず、戦前、実質的な総理大臣指名権(奏請権)を有していた元老・西園寺公望。戦争の足音とともに台頭した軍部の圧力により原則を貫けなくなったものの、昭和初期、二大政党間で、一方の政権が行き詰まると他方から首班を決める、まさに「憲政の常道」から外れぬよう努力を重ねた。
もう一人は、戦後長期政権で戦後日本の礎を築いた吉田茂。ワンマン宰相といわれたが、政権が行き詰まった時には、野党第一党への政権交代、或いは新憲法下で決断が可能になった解散総選挙で民意を問う、つまり「憲政の常道」を常に踏まえ政権を担っていた。
翻って、現在の安倍氏から福田氏への政権移行はどうか。
繰り返しになるが、直近の参院選で示された民意により、衆参で与野党逆転現象が生じ、内閣提出法案を簡単に成立させられない、まさに「政権が行き詰まっている」状態だ。本来ならば、「憲政の常道」に従い、野党第一党への政権交代、或いは解散総選挙が決断されるべきだが、衆議院で絶対安定多数を有する自民党にその意思は全く感じられない。国会開会後、所信表明までしながら政権を投げ出した総理大臣を輩出した与党としての責任感はほとんど感じられない。あたり前のごとく権力の座を明け渡さない姿勢をみると、暗澹たる思いだ。現状では、できるだけ早期に民意を問う場面が訪れることを願うばかりだ。
「憲政の常道」を体現する政治家を、国民自身が選び出すことができるか、今問われている。
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地引和宏さん
せっかくコメント頂きましたのに、操作ミスで削除されてしまいました。誠に申し訳ございませんでした。
ご賛同のご意見を頂いておりました。また、是非コメントをお寄せ下さい。
私はリーダーの決め方は政治の要とも思っています。主権在民の今、直近の国民の意思を反映する権力であるべきです。