日本の贈答文化と政治

 

こさいたろうの視点・論点 0118

2019/10/29

 

日本の贈答文化と政治

 

前回、菅原一秀代議士の「モノ・カネを配る」という件について取り上げましたが、思い出したことがあるので、記そうと思います。それは、政治家とその家族についてです。

 

僕は、24歳で区議会議員選挙に立候補しようと決意した時から、カネやモノを配ることはもちろん、それらを贈るといった一般社会ではごく当たり前に行われていることも、やらないことを心に決めました。そして、それを家族・親族に厳しく求めました。

 

選挙区内の有権者への贈り物は公職選挙法によって禁じられていますのでもちろんのこと、私は選挙区外の方に対しても「お世話になったから金品を贈る」ことをしないでほしいと家族・親族に求めました。それをし始めると線引きができなくなり、限りなく金がかかることになると思うからでした。

 

今、振り返ると、家族・親族には相当の負担をかけていたのだと感じます。近所の人たちと持ちつ持たれつ、モノをあげたり、もらったり。お世話になったあの方に、季節のご贈答。地域社会に暮らすものとして、応分の負担を。普通に暮らしていれば、モノ・カネのやり取りはごく普通にあり。

 

しかも、日本社会においてそれらのやり取りは、人間関係の潤滑油であり、むしろ「やりたい」気持ちが心の中にあるともいっていいのだと思います。逆に、それらを制限されることで、大きなストレスを感じることになる。僕は、政治から離れる頃になってようやく、家族・親族のストレスをはっきり意識するようになりました。

 

僕が政治の世界を離れて間もなく、妻は高級な調味料を取り寄せ、ご近所さんに配ろうとしました。実母は、引越し先のご近所に配りなさいと東京の高級和菓子をたんまり持参してきました。二人は奇しくも同じような行動をとったのです。

 

僕は、そんな贈答のお付き合いを継続させられないことが分かっているので、配ることを諦めてもらいました。でも、その時それぞれ、大いに不満の様子でした。僕は、政治家の家族にさせてしまったことで、相当の我慢を強いてしまったことを知りました。

 

妻も実母も、間違ってはいないと思います。理解してくれていたから、我慢もしてくれたのだと思います。でも、そこには、とてつもないストレスがかかっていたのだと思います。申し訳なかったという気持ちはあります。それでも政治家は、モノやカネを配る、贈ることをやめねばならないとも思うのです。

 

最も身近な家族・親族と、なぜダメなのか、なぜ自分がそのように取り組むのか、もっと丁寧に説明し、議論し、その意味や思いを共有するよう努力すべきでした。あとのまつりなのですが。

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

     

 

 

 

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