アルマーニの制服と名門校

 

こさいたろうの視点・論点 0038

2018/02/21

 

 

アルマーニの制服と名門校

 

 

東京・中央区立泰明小学校で、イタリア・アルマーニ社監修の制服(標準服というらしい)が採用されるとの報道の波紋が広がっています。公立小学校で8万円を超えるような制服が校長の独断で採用され、保護者の負担を求める。このようなことが妥当かどうか、が問われています。

 

誤解を恐れずに言います。泰明小学校の校長は、異常だと思います。自らの経験から推測すると、校長の周辺には校長を煽る異常な人たちが取り巻いているようにも感じます。同質な人たちに囲まれ、自らの異常性に気づかなくなっているのではないでしょうか。負担な困難な人たちへの思いが全く至らない。

 

ハフポストというニュースサイトに、昨年11月に配布された保護者向け文書、「平成30年度からの標準服の変更について」の全文が掲載されました。各人が選択して入学する私立学校であれば許される範疇かもしれませんが、歴とした公立小学校校長の言葉。改めて異常性を感じます。

 

 

校長の言葉を『』で括り抜粋し、※印以下に私の批評を述べます。文書全文は、以下に全文が掲載されています。ご関心あります方はどうぞ http://www.huffingtonpost.jp/2018/02/07/principalletter_a_23355613/

 

『泰明小学校を選択してくださり、本校の教育方針に得心をしてくださり、そして、本校でお子様が自負をもって学んでくれたらと、期待なさって本校を選択されたのだと思うのですが、どうも、その意識と学校側の思いのすれ違いを感じるのです』

 

※ 中央区立泰明小学校は、公立学校です。特認校という制度で「選択」した家庭もあるようですが、学区域内に住まいしていれば「選択」するわけでなく、この学校に通学するわけです。そういう学校の校長がこのようなことを言うのは、勘違いしているとしか言えません。

 

『子どものたちの様子から申し上げれば、日常の振る舞い、言葉遣い、学校社会という集団の中での生活の仕方などを見ていますと、どのような思いや願いがあって本校を選択されたのかが分からなくて、思案に暮れることがあります』

 

※ どんな学校を選択しようとも、親は子の躾にいつも悩みながら過ごしています。振る舞いも、言葉遣いも、すべて。もちろん家庭での教育が大切ですが、学校という教育機関でも教員という専門家が、粘り強く子どもに向き合っていくべきです。この言葉からは、そんな姿勢が微塵も感じられません。

 

『泰明小学校はやはり特別な存在であります。中略… 「泰明らしさ」は失われるものではないと思っております』

 

『泰明小学校という学び舎の気高さ。この伝統ある、そして気品ある空間・集団への凝集性とか、帰属意識とか、誇りとか、泰明小学校が醸し出す「美しさ」は保っていかなければと、緊張感をもって学校経営してきました』

 

『しかし、私が泰明小学校の在るべき姿としての思い描いていることとはかけ離れた様子、事実があることも否めません。なぜ、本校を選択されたのですかと問い返したいと思う出来事や対応が多いこと、これが泰明の実態だったのでしょうかと、学校を管理する者として思い悩むこともしばしばです』

 

『言動、もちろん、公共の場でのマナー、諸々含めて、児童の心に泰明小学校の一員であることの自覚が感じられないと思うことも度々です。中略… がくっと心折れる場面の多いことも事実です』

 

『教育は内面を育てる営みがほとんどです。ですから、私どもも懸命に児童の内面を鑑み、自覚をもたせ、「泰明の子らしく」を金科玉条の如くは大げさかもしれませんが、でも、泰明小学校の児童はかくあるべきだと思い指導いたしております』

 

『その力がまだ足りないのだと忸怩たる思いもありますが、なかなかその指導が行き渡らないのはなぜだろうと悩んでおります。対外的にも、「泰明小」そして「泰明の子」は注目されます。そういう衆目に答える姿であるかどうか、これまた、忸怩たる思いになることもしばしばです』

 

※ この校長の本質が表れている部分だと感じ、少し長くなりましたが引用しました。指導の到達点そのものが間違っているから、その指導が行き渡らないのだと私は思います。小学生にとって、「泰明の子ども」という自覚だとか「泰明の子らしく」とか「衆目に答える」とか、ということが大切なことではないはずです。

 

※ 自覚が感じられない言動やマナーというのが具体的にどんなものかわかりませんが、大人の期待に応えるように振舞う子どもを作るのが目標であってはならないと思います。なぜそう振舞うべきなのか、自分で考え、納得し、行動する人間に育てることこそ大切ではないでしょうか。

 

※ 思い通りにならない、思うような子どもに仕上がらないと校長は悩みを吐露していますが、私はそんな人間を教育者として認めたくありません。悲しいです。しかし、衆目に応える姿になることを求めているのは校長だけなのでしょうか。以下を読むとわかることがあります。

 

『「自分は泰明小の一員であるから、そのようなふざけた行いはしない」と自戒できる児童を我々は育てたい』

 

『もうひとつ、私が危惧しているのは、泰明小学校は銀座の街と共に歩んできたということを児童や保護者の皆様にご理解いただいているのかどうかということです。泰明小学校に通ってくると言うことは、例え特認校であっても、銀座の街の子供たちになると言うこと』

 

『街の方々は、泰明小学校の子供たちのためならと、事あるごとにご尽力してくださいます。学習活動面でもご周知のような協力を惜しみなくしてくださっています』

 

『”街との絆”を感じながら泰明小で学んでほしい。保護者の皆様には、そういう学校で我が子は学んでいるものだということを意識して欲しいと思うのです。私は、立場上、地域の方々との接点がありますが、皆さんが、学校のことをとても大切に考えてくださっていることが分かります。街に学校があると言うことは、こんなに嬉しいものなのだな、と感じるのです』

 

『しかし、このような意識も薄れつつあるのではないかと私は心配しています。中略… それほど多くはないはずの地域の催しや企画などにどれだけの方が参加してくださっているのでしょう。銀座の街あっての泰明小学校なのです』

 

※ 「銀座の街」がキーワードです。街の重鎮には卒業生も少なからずいるはず。母校愛から、学校も校長自身もそれらの人々にお世話になっているはずで、それらの人々からの声は無視できません。明確な要請はなくても、校長が忖度していることも考えられます。

 

※ 学校と街が手を携えるということは大切なことだと思います。でも、名門校であることを殊更に押し付けたり、ましてや、高級ブランドの制服を身に纏えば学校と街の一体感が醸成される、座にある学校らしさも生まれるなどという考え方が、問題を解決するとは到底思えません。

 

※ 私もかつて、東京都内の名門校と言われるエリアで活動していました。名門校と言われる学校が存在し続けることへの問題意識はあったものの、その地域と学校との関係は自然な形で一体感を醸し出していました。もちろん、高価な制服などはありませんでした。

 

※ 校長の文書はこれ以降、「ビジュアルアイデンティティー」などと称してアルマーニ制服の必要性を訴えているのですが、取って付けたような言い訳なのでここでは省略します。校長の思いの本質は、ここまでに凝縮されていると思います。

 

※ 東京の公立学校には、戦前からの流れも汲み、名門校というものが存在しています。教育委員会は認めません。どの公立校も同じと言います。しかし、越境入学の規制は緩く、教員も優秀者を配置するという特別扱いが周知です。長年の積み重ねで、それが固定化しています。

 

※ 結果、今回の泰明小学校のような事例が出てきてしまいました。子どもに向き合うことよりも名門を維持することを優先させるがごとくの学校教育、これこそが問題の本質だと私は思います。明治150年。公教育のあり方を見直す時期がやって来ていると思います。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

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