下弦の三日月を眺めて

下弦の三日月を眺めて

(みなさんの思いと私の決意:新年会日誌)

古くから「まち」に暮らし、その地域を守り育んでいる人たちがいます。町内会や商店会などを担っている人たちです。

そのみなさんは、自由主義(保守)と社会主義(革新)が厳しく対峙している時代、ほぼ例外なく、自由主義を標榜する自民党を支持してきました。それにより、自民党は長年にわたって政権を維持し、政治・行政・地域が連携して発展の礎を築いてきた訳です。大筋で誤りなき選択だったのだと思います。

つまり、選挙では、疑いなく自民党に入れてきた。しかし、冷戦終結、バブル崩壊によって、保革対立も終焉を迎え、日本の進路を模索する長いトンネルに迷い込み今に至ります。その過程で、政治は明確な針路を示し得ず、長年政権を担ってきた自民党の劣化が始まった。本当にこのまま任せていいのか。まちばの人たちの思いが揺れ始めた。

そんな背景で、先の衆議院総選挙において、多くの人たちが政権交代に望みをかけました。相当なエネルギーをかけ、自己との葛藤を超え、多くの人たちが支持を翻して民主党に投票した結果が、民主党への政権交代だったのだと思います。

新年会での私の政権批判を含む挨拶は、総じて共感を呼びます。私の話を聞く目は真剣で、突き刺されるようです。

挨拶の後、みなさんの輪に加わり話をすると、政治に対する不安と不満が吹き出てきます。「何とかせよ」「民主党には任せられない」と。でも、だからと言って「簡単には自民党に戻れない」という雰囲気もひしひし伝わります。

(信じ続けた旦那さんだが、変わってしまった姿に打ちひしがれ、断腸の思いで別れて、新しい旦那に期待したんです。でも、新しい旦那、見てくれだけで中身がなかった。一緒になる前の約束も、全く果たすそぶりも見せないんだから。でも、だからと言って、昔の旦那には簡単に戻れませんよ。改心してる感じないし。)こんな声が聞こえてくるようです。

こんな状況で、消去法的選択もあるにせよ、みんなの党への期待を感じる。もっと具体的に政策を示せ、本当にできるのか…、そんな雰囲気を常に感じる。責任は重大だ。

みなさんの期待を多くの議席に変えて下されば、必ず改革を成し遂げられることを伝えたい。そして、任を与えられたその時には、命を賭しても実行しなければならない。

新年会の帰り道、自らの決意を確認しながら、新月を経ていずれ必ず満月になる下弦の三日月を眺めた。

平成23年1月8日

赤坂9丁目附近にて思う

小斉太郎


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