総選挙の結果とこれからの政治(小斉太郎論評)

 
いよいよ、政権交代が実現し、民主党中心の鳩山連立政権が船出した。新政権ではなく「新政府」と呼ぶ人もいるそうだ。この呼び名は、まさに明治維新を想起させる。鳩山政権の取り組み如何では、明治維新にも匹敵する大改革の幕開けになる可能性は十分にあると感じている。期待は非常に大きい。

 

 総選挙の結果について

 先の総選挙では、自民党政権が続くことへの国民の不安、不満が結果となって表れた。これまで官僚と一対になり、ほぼ一貫して政権を担ってきた自民党政治の終焉を主権者たる国民自身が決断した、まさに歴史的な総選挙の結果だった。これは、単に麻生前首相の失政だけが原因ではない。未来への方向性を示せない官僚主導政治への厳しい評価結果だ。冷戦終結やバブル崩壊以降、政権政党が官僚任せの政治を正さず、国民に共感を求める新しい旗を立てて来なかったこと、ここに選挙結果の遠因がある。そのような政治状況の中で、「脱官僚主導」「官権政治からの転換」を主として訴えた民主党が、自民党に代わる受け皿として期待されたのだと感じている。

とはいえ、総得票数で比較すると、比例代表では民主42.4%:26.7%だが、小選挙区では民主47.4%:自民38.6%であり、民主党への積極的で圧倒的な支持とはいえない。今後、国民からの評価を確固たるものにするためには、「官意に基づく政治から民意に基づく政治へ」、古い政治との決別が目に見える形で行えるかどうか、これが試金石となる。「鉄は熱い内に打て」の格言通り、新政権への国民の期待感を原動力として、立ち止まることなく、迅速に、改革を実行に移してもらいたい。

 

 新政権は、まず、古い家を壊す作業を

 これからの政治の役割は、古い家を壊し、新しい家を建てていくことだ。しかし、先の選挙において新しい家の設計図が示されたとは言えない。総選挙前、私の師匠である田中秀征氏は、「老朽住宅にそのまま住むか仮設住宅に移るかの選択肢」と先の総選挙を例えたが、まさに同感だ。そして、総選挙で国民が選んだ結果は「仮設住宅に移り住む」だった。

この結果を受けて、新政権はまず、新しい家を建てるために古い家を壊す役割を十二分に果たしてほしい。それは、国民との契約であるマニフェストにも謳われている。徹底して壊してきれいな更地にしなければ、新しい家は増築・改築で、今以上に住みづらい家となってしまう恐れがある。古い家のよかったところは新しい家の設計図に活かせばよい。まさに激動の変革期。混乱を恐れることなく邁進してほしい。

 

 政権交代は、新しい家づくりの幕開け

 これからは、政党や国会議員にとどまらず、さまざまな立場の日本人が思い思いの「新しい家の設計図」を示していくべきであり、議論を重ねる中で将来の日本の針路を決めていくことが重要だ。

これまで一貫して日本政治を担ってきた自民党、またその間、それを背後でコントロールしてきた官僚、役人。変えなければならないのに大きく変えることをしてこなかった政権担当者を国民の意志によって変更させた意味は極めて大きい。これまでの重しが外れた今、閉塞感を打ち破り、議論溢れる政治が求められている。既成概念を理由に、慣例・慣習を理由に議論を止めることがあってはならない。

私は、民主・自民の既存二大政党が新しい家の設計図を示すことは困難ではないかと考えている。1955年に革新勢力に対峙する形で保守合同された政党が自民党であり、冷戦終結やバブル崩壊という内外の大変動を経て、その自民党に代わる受け皿を目指して結成されたのが民主党だ。理念の違いによって存在する二大政党というよりも、一選挙区から当選者が一人という小選挙区制度が作り上げた二大政党といってよい。社会の変革期には、変革後の社会を国民に示す旗が必要だ。既存二大政党は所属議員の幅が広すぎて明確な旗は示せないはずだ。

古い家が壊された後、私は、日本の将来像をめぐる大論争が起きることを確信しているし、むしろ起こさなければならないと思っている。その論争の中心には、既存二大政党ではなく、国民が共感する新しい主役たちが躍り出るものと思っている。

 

 小斉太郎の考えている日本の将来像

 私が昨今考えている日本社会の将来像の一つ。それは、「楽しくちゃぶ台を囲んで、家族で朝ごはん・夕ごはんを食べる社会」。

家族でご飯が食べられることの前提は、まず「平和」であることが求められる。また、特に「ちゃぶ台」は、背伸びをしないこと、必要以上に経済の規模拡大を志向しないこと、の意味を込めている。幸せの価値基準をモノやお金ではなく、家族や地域での生活に置く。そんな社会を目指すことが新しい日本の生きる道であり、真の豊かさだと考える。この考え方を一つの基軸として、これからの政治活動に取り組んでいこうと決意している。

 

 (追記)官主導から政治主導の実現を地方政治でも

 政権交代後の国政に大いなる期待感を抱く一方で、気になるのは地方政治だ。地方政治の現場にも役所主導は厳然と存在する。見直すべき制度やその運用、無駄遣いと思われる事業、天下りなど、改革すべきテーマは山積している。その中で、既存の民主党の地方議員は役所主導からの脱却に向けたエネルギーに乏しい、と感じるのは私だけだろうか。少なくとも、私の属する議会の民主党勢力を見ていると、首長与党の立場を自任し、行政に対するチェック機能が極めて甘い。

民主党は、国政同様、地方政治における政治主導による改革にも全力を傾注すべきだ。


2件のコメントがあります


  1. 秋本 穣 より:

    民主、国新党連立は来夏参院選までの繋ぎ、過半数取れ次第民主は連立解消一党体制確立を狙います。  でもそれまでに支持率暴落の可能性があります。  自民は誰が党首になっても立て直しは困難、参院選をまたず分裂崩壊するでしょう。 ならば来夏には政界大激動、再編成の算大、はじめて日本の暗いトンネルに出口が見えるかも。

    そのときには旧態依然の港区行政、議会、にもやっと変化がおとずれるでしょう。 早い機会にchange めざす新しい風を起こしましょう。 既得権にあぐらをあく港区の無策、無気力組も終末を迎えるでしょう。 変化の原動力になってください。 期待しています。

  2. 秋本 穣 より:

    民主が政権をとりまだ60日、しかしマニフェストと現実の間の壁はあつく、変化がどれだけどのようにおこるか予断できない。  確かなことは変化は人が代わって初めておこる可能性が出ることだ。

    地方政治、東京都港区も同じ。  不勉強、無作為の既得権グループを追い落とし、新鮮なメンバーの登場ではじめて事がはじまる。  区民が目覚めると首長や議員の顔ぶれが一新されるだろう。  その日の実現を待望する声なき声が聞こえるだろうか?  現在のメンバーにその自覚と危機感がどれだけあるだろうか?

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