外務省のNGO排除問題と田中真紀子外務大臣の更迭に思う

外務省のNGO排除問題と田中真紀子外務大臣の更迭に思う
-小斉太郎の視点(02/02/05)

小泉首相の改革の姿勢に期待していただけに、今回の事件の対応については少なからず衝撃を受けた。関係者の更迭・辞任をもってこの問題を終結させて果たしてよいのか。私なりに今回の問題について考えてみた。(みなさまのご意見を頂ければ幸いです。)

今回の事件では、そもそも、外務省がアフガン復興支援会議に特定のNGOを出席させぬよう画策し決定したこと、この事実自体が大問題である。
アフガン復興にNGOの存在が欠かせないというのは国際的な了解事項であり、昨今の情勢を見ても、21世紀の外交にはNGOの存在と活躍が不可欠であり、また期待されていることは明らかである。にもかかわらず、このような国際常識も持ち合わせていないか、もしくは、自身の事情でそれをねじ曲げてしまう外務省、外務官僚の行動が、今回の事件の根底にある。
また、今回排除されたNGO代表が外務省を批判する発言をしたことが国際会議への参加を認めなかった理由の一つにあげられている。これがもし事実なら、日本の民主政治を脅かす大変危険な出来事である。政府や官僚を批判したり反対の姿勢をとったりすれば、その政府や官僚は、政治への関与を制限することで自由な発言や行動に強い縛りをかけることにつながるからである。今回の外務省の一連の動きは、まさにこのように見られても仕方のないものであった。

一方で、国会では、外務省に鈴木宗男氏の圧力があったかどうかを焦点に質疑が展開された。いわゆる「言った、言わない」の議論である。私は、政治家の末席に座るものとして、行政に自身の思いや考えを伝え政策実現に努力することは否定できない。ただし、報道などから伝わる鈴木宗男氏の高圧的な姿勢はどのような意味があるのか、外務省がそこまで鈴木宗男氏の言いなりになるのはどのような理由からなのか、などについては、鈴木氏と外務省・途上国・ODAなどとの関係も含めて今後追求し、明らかにする必要はあるだろう。
しかし、私は、今回の問題のみに限れば、鈴木氏の圧力については第一義的な議論ではないと考えている。問題はむしろ、外務官僚いわゆる事務方が、首相や外相に情報も伝えず、判断も仰ぐことなく、勝手に重要な決定をしている点にあると捉えている。
大臣の事務局たる官僚が、自らが気に入らないといって、また、大臣が気に入らないといって、独断で独善的に行動することが果たして許されるのだろうか。独善的に行動した責任はだれが背負うのか?これは、社長の預かり知らぬところで従業員が勝手なことを始めてしまうことと同義なのである。しかも、今回は外相が田中真紀子氏であったことから問題が顕在化したが、これまでのような役人にお任せの大臣だったらどうだっただろうか?
一地方議員である私の経験から言っても、このような現実は、国・地方を問わず、我が国の政治と行政の関係についての構造といえる。この構造が定着してしまっているのは、一部の官僚や役人に問題があるからであるが、勉強不足で自らの保身を優先する類いの政治家にも大いに責任があるといえる。
そして、これまでは、官僚・役人も政治と行政の関係を教科書どおりに進めるためにオブラートに包みながら、すなわち、自らは前面に出ずにあたかも政治家が決定しているように見せながら自らの意思を政治に反映してきたが、今回の事例では、臆面もなく自分自身を前面に出してきた。自らの権益を守るために、そして、そのためには無能な政治家に任せておれないとばかりに…(このような風潮は、私の関わる地方でも最近顕著になっている気がしている。)

いずれにしても、このたびの事件は、外務省の行動に端を発し、外務省の独善的な態度、それに基づく独走、そして、多くの国民のみならず諸外国にも到底理解されない判断を下してしまったことに原因がある。

私は、田中外相の外務省改革にかける思いにだけ期待をしていた。とにかく、正常な外交を行なうための大前提であると考えているからである。一方で、田中外相の言動に理解し難い部分もあり、首をかしげることもあったが、外務省そのものの改革という視点に立てば、今回の問題での大臣更迭はあり得ない。その理由が見当たらない。この問題での大臣の言動は筋が通っている。まして、人事による決着、関係者全員が役職を辞することで決着のつく類いの事件ではなく、これまで述べたような外務省の体質を根本的に改めることが本質的な問題解決であるはずである。そのためには、本質を踏まえた上で事件の全容を究明し、それらを明らかにし、早急に外務省改革のビジョンを示すべきである。先へ進むためには、反省と総括が必要である。これこそ、小泉首相に求められる行動である。

政が官に翻弄され、この問題の元凶、責任の所在すら明らかにできないのであれば、国民は小泉首相と首相の進めようとする改革に不信を抱き、痛みを共有することなどできない。小泉首相には、事の本質を見極め、国民の信頼を取り戻すような行動をすべきである。政治への信頼なくして改革はできない、ということをしっかり認識してほしい。永田町の中だけでお茶を濁すような改革だけはしてほしくはないし、将来の日本のために当然すべきではない。

官から民へ、中央から地方へ、規制を撤廃し活力ある国をつくる、行政に依存せず住民同士がお互いに助け合い支えあえる社会を目指す、そんな構造改革実現を期待し、微力ながら地域においてそれを目指す一地方議員から、小泉純一郎総理大臣に是非お伝えしたい。


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