町田市長の選挙違反を考える
公務員と政治の不透明な関係


町田市の石阪丈一市長が8月11日、政治資金規正法(公務員の地位利用)の罪で、罰金30万円の略式命令を横浜簡易裁判所からうけた。石阪市長は横浜市役所の元幹部職員。市長室著王を務めるなど改革派で知られる中田宏横浜市長の側近で、今年2月に激戦を制し、自民党・公明党などの推薦で町田市長に当選した。選挙違反の案件で重い司法判断が下されれば公民権停止、つまり市長失職ということになるが、今回の裁判所の判断は公民権停止までは踏み込まず、罰金命令のみだった。この結果を受けて、石阪市長は市長を続ける決断をし、市議会では選挙で応援した多数派の与党サイドは市長続投支持、野党サイドは厳しく非難し、市長辞職を求めているという。

事件のあらましは次のようなもの。役所の職員たちが、同僚(上司)が選挙に出るので、公務員の立場を使って組織的な応援を行った。具体的には、政治資金パーティーを企画し、その集客や券売を役所の幹部職員が地位を利用して職員に呼びかけ、石阪氏(後の候補者)も一連の行為に関与したということ。役所をあげて仲間である一候補者の応援をした、職員の上下関係も使って応援を依頼した、このことが選挙違反になる。

石阪市長は、捜査から略式起訴までの間、発言が二転三転したという。「自分は全く知らなかった」というところから始まり、「後援会事務を担当した長女が関わった」となり、最終的には「間接的・消極的に関与した」と自らの関与を認めたのだ。この過程だけ見てもとても政治家として信頼が置けないが、最終的に罪を認めたにも関わらず市長職を辞めないことが大きな問題である。これは、「この程度のことは誰でもやっている、たいしたことではない」という役人体質そのものではないだろうか。公務員の政治活動制限は公職選挙法のいろはで、公務員なら知らないはずはない。実は、役人と政治活動の関係はきわめて密接で、今回の事件のような出来事が常態化しているのではないか。だからこそ、「市長を辞めねばならないほどではない」と石阪氏は開き直れるのではないか。

私は、この事件を耳にし、改めて役人(役所)と政治・選挙の関係を思い返した。これまで私の耳にした範囲でも、次のような事例がある。『ある地方で、役人出身の首長候補者を応援するために、その候補者の出身の役所に勤める管理職がカンパを含む応援を役所内に呼びかけた事例』『ある地方で、役所の応援する候補者の対立候補を応援している地域住民(いわゆる地域の有力者)に対し、「失望した、これから役所は協力が難しくなる」といって圧力をかけた事例』『ある政治家の依頼を受けて役所の職員が、影響力を行使できる組織や団体に対し、パーティー券を購入するよう働きかける事例』等々。これらのような、役所という公権力やその地位を利用した政治活動は、おそらく日本全国に当たり前のように蔓延しているのだと思う。さらに違反にはならないが、役所を退職したOBも親睦組織を利用しながら、地域の選挙に大きな影響力を発揮している場合も多いと聞く。

このままでは、役所に都合のよい政治体制が温存され、役所に都合の悪い部分、たとえば職員の削減や天下り外郭団体の廃止、補助金事業の縮減などは大きなメスが入りにくくなることは明らかではないか。先ほど紹介した事例のように、チェックすべき政治家が選挙で応援を受け、献金の斡旋をしてもらっていれば、必然モノが言えなくなる訳である。

私たち普通に暮らす住民はそろそろ、「真に」自分たちの代表を選び議会や役所に送り込むために行動しなければならない。さもなければ、子や孫に引き継ぐ借金は増え続け、税負担は重くなる現状を変えることはできないはずである。なぜなら、役所は狭い身内の世界の中で今まで通り、身を削ることなく自分たちの特典を守って過ごしたいという組織としての習性があるからだ。今回の町田市長の選挙違反事件は、そんな役所の姿・本質を浮き彫りにさせた事件といえる。

市長である石阪氏は市民から選ばれた政治家であり、潔い出処進退が求められるが、今のところ辞職の気持ちはないそうだ。選挙のルールを守れなかった市長が、市民の信頼を得て姿勢に取り組めるのか極めて疑問だが、やはり本音は「たいしたことではない」ということなのだろうか。