安倍氏は解散総選挙によって自らの正当性を問え


この九月で、五年以上にわたる小泉政権の幕が閉じようとしている。私のような者にも、小泉政権の功罪についてよく訊ねられる。「功もあれば罪もあり」と私は思っているが、一口で表せないほどに、日本の総理大臣としては長期に、そして従来の発想や慣行にとらわれず仕事をしてきた証左であろう。

さて、小泉政権の功罪の議論は別の機会に譲ることとして、今回はいわゆる「ポスト小泉」について考えたいと思う。

昨年八月、小泉首相は衆議院解散を断行した。小泉氏が実現に執念を燃やした郵政事業民営化法案が参議院で否決されたことを受け、即時に決断したものだ。その際小泉氏は、「郵政民営化に賛成か反対か、国民に聞いてみたい」とテレビで直接国民に問いかけ、自ら選挙の争点を明確に示した。これに国民は呼応し、果たして小泉自民党は歴史的圧勝、小泉首相は国民の絶大な支持を背景に続投という結果となった。国民が小泉氏の問いかけをそのまま受け止めたと判断すれば、他の課題に優先して郵政民営化という政策を選んだということになる。そうであれば、郵政民営化法成立後、新たな旗を掲げ改めて国民の判断を仰ぐべきだったのではないか。そこまで生真面目に考える必要はないのかもしれないが、少なくとも先の総選挙で国民が選んだのは「自民党」でなく「小泉自民党」。もう一歩踏み込んで言えば、国民が小泉純一郎氏を内閣総理大臣として信任した選挙だったことは間違いない。つまり、先の総選挙で国民は、「コイズミ」を選んだのだ。

その小泉首相は、自民党総裁としての任期を終えるのを機に退陣する。そのためこの九月、自民党総裁選挙が行われるのである。現在、自民党が単独で衆議院議席の過半数を占めていることから、自民党新総裁は国会指名を経て、新しい内閣総理大臣になることがほぼ約束されている。したがって、「自民党総裁選挙=ポスト小泉えらび」ということになる。

マスコミは「次期総理は誰に」「大勢は安倍氏に」などと自民党総裁だけが日本の総理になれるかの報道を垂れ流しているが、そのような状況に一石を投じる意味でも、私なりの捉え方をお伝えしたいのである。

結論から言うと、次の新しい総理大臣は自らの信条・政策を高らかに掲げ、改めて国民に信を問わなければならない。「新しい日本の総理大臣に私がなることは賛成か反対か、国民に聞いてみたい」と、国民の判断を仰がなければならない。なぜなら、先述のとおり衆議院における自民党の現有議席は国民が、「自民党」ではなく「小泉自民党」に与えたものであり、小泉首相信任を体現した議席だからである。つまり、ポスト小泉なる人物の信条にも、理念にも、政策にも、人となりにも、国民は一片の信任をも与えていない。

日本は先の大戦後、いわゆる「五十五年体制」といわれる政治状況が長く続き、その間は一貫して自民党が政権を担当してきた。それは、中選挙区制という選挙制度の中で、ほぼ常に衆議院の過半数を制していたからだ。この時、日本の総理大臣は国民の意思にかかわらず、いわゆる永田町の論理で決定されてきた。自民党が常に過半数の議席を獲得することが予定されていたために、国民を意識する必要性が極めて低かったのである。今の自民党総裁選挙は、まるでこの頃に先祖がえりしたかのように見受けられる。

小泉首相の五年間は、先述の通り功罪相半ばすると思うが、永田町ではなく国民に足場を置く宰相として成功したことは大きな功績の一つといえる。だからこそ、郵政民営化をはじめとするこれまで永田町の常識では不可能といわれたさまざまな改革を、内容の是非はあるにせよ成し遂げることができた。永田町の人々ではなく、国民の絶大な支持を推進力として、永田町の旧弊を打ち破ったのである。

一方、新しい総理大臣は、ひと昔前と同様に永田町の人々だけからえらばれる。しかも下馬評では安倍氏の圧勝。自ら旗を掲げてゼロからスタートしたのではなく、組み上げられたみこしに乗る形だけに、みこしを組んでくれた人々に気を遣う政治にしかならない。このような総理大臣の選ばれ方では、小泉改革後の日本の進路を明確に設定することはできない。先日発表された安倍氏の抽象的な公約群を見ると明らかだ。

そこで、新しい総理大臣が「この国のために」「国民とともに」と心の底から思うのであれば、国民に向かって明確な旗を掲げ、自らが総理大臣にふさわしいかどうかを国民に問うてほしい。国民に直接信任を得た内閣は強い。強力なリーダーシップで政権運営、政策遂行ができる。小泉首相が体現した。

選挙制度の変更も、小泉改革同様に功罪相半ばするものだが、政党が党首を先頭に具体的な政策を国民に示し、事実上総理大臣を国民がえらぶ仕組みになったという意味での効果は認めねばなるまい。

自民党の新総裁(新総理)と民主党の新代表(小沢氏で決まりか)とが互いに自らの旗を高く掲げ、その論争を国民が十二分に吟味して、政権をどちらに託すべきか、すなわち総理大臣にふさわしいのはどちらかをえらぶ。このプロセスを経てこそ、日本の政治に信頼感が生まれ、改革には強力な推進力が加わり、国民の意思が明確に反映される「私たちの」政府を生み出すことになる。

改めて「総理選択の総選挙」。今日本にとって最も必要なアクションの一つであることに間違いはない。