港区の公共住宅でおきてしまったエレベーター事件を考える
事件発生と深くかかわる財団法人港区住宅公社の存在と港区の責任


通常、賃貸マンションにおける管理は、所有者(大家)が責任を持って行う。所有者の責任において管理会社に委託するのが通例だ。今回事件のあった港区の住宅におきかえると、所有者(大家)は港区ということになり、港区住宅公社が管理会社ということになる。事情を知らない人が聞けば、港区住宅公社という組織はマンション管理の専門家、エキスパートと思われることだろう。

事件の原因が、さまざまな問題が複雑に連関し複合的であることは論を待たない。その中で私は、「港区が住宅公社に対して、事件のおきた住宅の管理を全面委託していたこと」も、事件が発生してしまった大きな原因の一つではないかと考える。

「港区住宅公社」はマンション管理の専門家でもエキスパートでもない。

財団法人港区住宅公社は一九九五年、港区の一〇〇l出資で設立された財団で、いわゆる外郭団体。設立の目的は、当時地価高騰により減少の一途をたどっていた港区の定住人口の回復だった。港区が全額出資した五億円と五〇億円の無利子貸し付け金を運用し、その運用益でさまざまな定住化施策を自主事業として進める役割を担っていた。その際に付随的に、港区の所有する住宅の管理を受け持つことも仕事となった。しかし、理事長は港区助役のあて職、事務局長は港区の管理職OB(いわば天下り)、一般職員もほとんどが港区職員の派遣、こういった組織がマンション管理のエキスパートであるはずがない。

また一方で、住宅公社設立当時を振り返れば、公社に管理を委託することにしたのには、公社の事業量の確保(設立意義を肯定化するため)、派遣職員を増やし区役所職員の定員を減らすなど、専門能力を持つ機関に任せるということでなく、全く別の思惑が働いていた。

必然、エレベータの保守などが他の専門業者に再委託されても十分なチェックなどできないことは容易に推察される。この事件前も、保守業者の修理・改善の報告も書面で受け取るだけで具体的説明を求めたり追跡調査をすることはなかったという。また、入札による業者変更の際も「不具合多発」の説明・引継ぎもなされず、読売新聞の取材に対し住宅公社幹部は「修理済みの故障を伝えても仕方ないと思った。専門業者が引き継ぐので安心していた」と語っている。推して知るべしだ。

港区は、このようなマンション管理の専門家でもエキスパートでもない外郭団体に管理を全て任せきりにし続けてきたのである。

実は、住宅公社への管理委託を見直す好機もあった。本年度から始まった指定管理者制度の導入時である。港区は当初、この指定管理者制度を積極的に導入する姿勢を見せていた。当然、住宅管理も直接民間事業者に委ねることが可能となったわけである。しかし、外郭団体である「住宅公社」と「キスポート財団」に従前管理を委託していた施設については、「特命」との名目で特例的に両財団を「指定管理者」とし、管理は引き続き三年間委ねることとなった。三年間の特例措置についてはもっともらしい理由が語られてはいたが、天下り的組織の温存とのそしりは免れないだろう。せめてこの時に、住宅公社の住宅管理業者としての資質の検証がなされ、エレベーター不具合情報に対する対応のずさんさが明らかにされていれば、またそれにより新たな専門業者が指定されていれば、今回の事件を未然に防げていたのではないかと思わずにいられない。

港区長は事故後、住宅公社の廃止を口にし始めた。管理指定を取り消すにとどまらず組織そのものを廃止するということだ。これが被害者をはじめ住民向けのパフォーマンスでないならば、そもそも住宅公社などという存在が不必要だったと言っていると同じだ。それならば、なぜ、これまで存続させてきたのか、しかも新たに向こう三年間の指定管理者としたのか。区長以下、港区役所の責任は極めて重い。

当誌で以前、港区の駐車場公社(正式には鰍ンなと都市整備公社)についてとりあげた。住宅公社同様の外郭団体で区内公共駐車場を管理運営する組織だが、中身も住宅公社同様で、専門ノウハウを持たず、管理を民間会社に丸投げ状態だ。実際に管理業務を受ける業者と実質的発注元の港区役所との間に、これら外郭団体をはさむ必要はどこにあるのか?主権者であり納税者たる区民に対する説得性は全くない。それどころか、責任の所在を極めて曖昧にし、さまざまな重要情報伝達や危機管理の観点からは複雑性を増してしまうという意味からも、弊害の大きさを指摘せざるを得ない。今回の事件を通じてはじめて、現実に明らかになってしまったことは非常に残念である。

これまで大事故の予兆が幾度となくありながら、これでもかというほどに見過ごされてしまった。メーカであるシンドラー社は、事故後の対応も含めて責任は重い。エレベーターの保守管理会社も、本年度と昨年度の業者は変わったがいずれも言い訳にならず、業界のあり方も含めて責任は免れない。しかし、これまで述べたように、事件発生に至る過程で最も見過ごせないのは、大事故の予兆(エレベーターの不具合情報)をみすみす見逃してきた住宅公社の当事者意識を失った管理体制だ。さらに、そんな公社になし崩し的に管理を任せてきた港区の責任が最も大きいと断ぜざるを得ない。

武井港区長はコメントで、「絶対あってはならないことだと考えております」「二度とおきないよう…再発防止に取り組んでまいります」、と述べている。しかし、事件はすでにおきてしまったのである。区政運営の最高責任者の言葉としては、あまりに傍観者的にすぎはしないだろうか。明るい希望溢れる尊い命を犠牲にしてしまった大きな原因が「役所の体質そのもの」にある認識に立たなければ、真の意味の「再発防止」にはつながらない。そして、この事件を通じてその本質に気付き改めることがなければ、区民に対する責任を取ることにはなり得ない。なによりも、市川大輔さんに対する、言葉だけではない、誠の弔いにはならないはずである。