民主党の失態
二月二十二日・党首討論、民主党前原代表には、本当にがっかりさせられた。
巷では「民主党形勢不利」との評価が多数を占めていたが、いくらなんでも国会議員、政権交代の受け皿でもある野党第一党、今日の党首討論で小泉政権を追い詰める一手が準備されているものと期待していた。しかし、結果は何もなかった。
メールの真偽に関わらず、「堀江氏と武部氏との間に金銭のやり取りがあったか」という本質が問われなければならないことは当然だ。しかし、追及を受ける側の自民党が本質論を避けようとすることは容易に想定できるはずである。今日の討論を見る限り、この容易な想定すらできていない。
そもそも、民主党のお坊ちゃま議員の皆さんは、喧嘩のしかたすら知らないとしか思えない。永田氏が小泉総理に「知恵を授けてください」と懇願したシーンしかり、今日の前原代表の「国政調査権を発動して下さい」とお上への直訴のような態度しかり。自らの政治生命をかけ相手を追及するという気迫がまるで感じられない。
「政治と金」の問題は、国民が政権を任せられる政党かどうか判断する大きな材料である。権力が固定化し私利をむさぼるような政治家に政治は任せられないのである。野党にはさまざまな役割があることは理解するが、「政治と金」の疑惑を追及し、権力が腐敗していないか、自民党が政権を担うに足る政党かを厳しくチェックする役割は、何にも増して大きいはずだ。
今日の党首討論は四十五分間。三十五分を行政改革関連に費やした。行政改革は非常に大切である。しかし、今日質すべきことだったのか。今国会を小泉与党は「行革国会」と位置づけ、野党は「安全国会・四点セット」と位置づけている。テレビ生中継、国民注視の党首討論において、小泉総理の土俵で相撲を取ること自体、喧嘩を半分放棄しているとしか私には思えなかった。しかも、前原代表の最初の質問は「行政改革に対する総理の決意をお聞かせ下さい」だった。およそ野党党首とは思えない、与党間の「おかかえ質問」と見紛える質問ぶり。その後も、与党のうるさ型議員の質問のようだった。私はラジオで聞いていたが、小泉総理のリラックスぶりが声から目に浮かんだ。
なぜ四点セットを前面に出さなかったのだろう。なぜ「ライブドア・メール問題」のさらなる展開を目指さなかったのだろう。これでは、国民の信頼を獲得することは出来ない。もし、行き当たりばったりで今回の追及を始めたのであれば、国会議員の資質、政党の資質そのものを疑わざるを得ない。そうであれば早期に国民に頭を下げ、責任を明確にすべきだ。逆に、事件としての確信あるならば、その確信の確信に至る所以を明らかにすべきである。刺し違えるくらいの覚悟を見せなければ、到底国民は納得しない。今日の討論を見て、「おままごと」的甘さを感じたのは、私だけではないはずだ。
しかし、武部氏への疑惑がこれで解けた訳ではない。武部氏の次男と堀江氏との関係は相当親密だったと、私も複数の友人から耳にする。今日の討論で民主党への期待は急速にしぼんでしまったとはいえ、疑惑の追及と解明そのものへの関心は極めて大きい。
民主党は、野党の役割を今一度考えて、改めて土俵に上がってきてほしい。疑惑を追及する力を持つ勢力は現在のところ、やはりあなた方しかないのだから。
ここまでは二十二日に書いたもの。しかし、その後の顛末を見て、一縷の望みすら抱けなくなった。自らの出処進退を決められない永田氏は言うに及ばないが、大問題は前原代表と民主党だ。民主党は永田氏に責任を押し付け、代表の「確証がある」との発言の責任についてまったく触れない。党を代表する者の発言として 責任は極めて重い。さらに、党代表の責任追及すらまともにできない民主党の現状。「次期代表に目がある人は九月まで下手に動かない(それまでは前原にやらせておけ、という意)」などとマスコミに指摘されているが、国民を向いていないことが明らかすぎるほど明らかになってしまった。自らのけじめをつけられない者に、他人のけじめを指摘し追及する資格は与えられない。けじめをつけることで、改めて土俵に上がる資格を得る。
権力のチェックが事実上不可能になった野党に、一人勝ち・突っ走る与党。議会政治の危機的状況だ。二大政党政治を、改めて根本的に見直す必要を強く感じる。