田中秀征さんからのメッセージ (2007.02)
港区長選に敗れて、小斉君はどうするのかと注目したところ、何年も考えた末、「もう一度区政の場に戻りたい」と言ってきました。
私はその決意に驚くとともに、いかにも彼らしいと納得しました。彼はどうしても港区政から離れたくないのだと理解したのです。
小斉君は区長選での敗北や、その後の逆境の中できっと多くを学んだと思います。かくいう私も落選経験が貴重な資産となったと感じています。
得難い体験をし、自由な立場で港区政を見守ってきた彼に対して、新たな期待も抱いています。
田中 秀征 たなか しゅうせい ● 元経済企画庁長官、福山大学教授、学習院大学特別客員教授、北海道大学公共政策大学院客員教授、「民権塾」主宰
1940年長野県生まれ。東京大学文学部、北海道大学法学部卒。1983年衆議院議員に初当選。1993年6月に新党さきがけを結成、代表代行。細川政権の発足に伴い、首相特別補佐。第一次橋本内閣で経済企画庁長官。1999年より「民権塾」を開塾。
『舵を切れ−質実国家の展望』『梅の花咲く−決断の人・高杉晋作』『判断力と決断力』など著書多数。
これまで頂いた田中秀征さんからのメッセージ
(港区長選挙出馬にあたり:2004.03)
小斉太郎君は、新党さきがけで出会って以来の親しい関係です。今でも私が主宰する民権塾や都市政策研究会で一緒に勉強しています。
私が最も敬服しているのは、この十年間、彼は「港区政」一本に打ち込んできていることです。際立った人材ですから、都政にも国政にも強い誘いがあったことを私も知っています。しかし、彼はいつでも港区政を優先してきました。志を貫く彼の姿勢には驚かされます。
小斉君はいつも納税者の側に立って区政を考え実績を挙げてきました。自ら率先して身を削る固い意志もあります。区議会議員の立場よりも、区政を運営する側に立てば、彼は一層大きな力を発揮すると信じています。願わくば、全国的な模範となるような思い切った行政改革や、新しい型の行政サービスを示してほしいものです。
私は彼が、良い意味での土着性を持っていることも気に入っています。港区に育ち、育てられた彼にとっては、港区がすべてでもあります。その強い愛着が、彼を港区政の改革に駆り立てているのかも知れません。
若いと言われた彼も、経験を積んで働き盛りを迎えようとしています。天の時、地の利、人の和と言いますが、小斉君の活躍の場がいよいよ整ってきたことを感じ、期待が大きくなっています。
(区議三期目を目指すにあたり:2003.03)
早いもので、小斉太郎君が港区議になって二期目の任期が終わろうとしています。「最年少」「トップ当選」という華々しい登場が昨日のことのようです。
ふしぎなことに、彼のかもし出す雰囲気は八年前の当時と全く変っていません。みずみずしく、ういういしく、そしてさわやかです。
このことは、彼が初心を忘れず、志を頑固に貫いて来た何よりのあかしです。
彼は私と同じように、かつて社会主義者であったことはありません。特定のイデオロギーに拘束されず、自由な言動をしていきたいと思ったからでしょう。
小斉君は、長年私と「民権塾」や「都市政策研究会」を通じて活動を続けてきました。政治に携わる者にとって、政策勉強と実践行動を両立させることは理想ですが、なかなか容易に出来ないことです。その点で彼はそれを見事に両立させているので敬意を表しています。
行政改革は、彼の一貫した政策課題の一つになっています。日常の区民のみなさんは、常に区政に関心を持ったり、区政を監視することはできません。だから区政や都政は、一部のプロの思うままに動かされる恐れもあります。
小斉君は八年を経て、今までの区政の流れに呑み込まれていません。これからもきっと彼の体質や姿勢は変らないと私は信じています。
今後とも彼が思う存分活躍できるように、多くの人が彼を支えてくれることを心から願っています。
(区議二期目を目指すにあたり:1998.12)
日頃、小斉太郎君を温く支えていただいている皆様に心から敬意を表しております。
彼はいつ会ってはさわやかでみずみずしい好青年です。それは彼が自分の信じる道を自信を持って精一杯突き進んでいる何よりのあかしです。新党さきがけへの対応にみられるように頑固なほど筋を通すばかりでなく、人にも仕事にも誠実に取り組み、抜群のバランス感覚を持っているところを私は高く評価しています。いつまでも現在の姿勢を貫ぬいてほしいと願っていますが、それにつけても、支持者の皆さんには長い目で彼を育てていただくことを期待しております。