Sometime たろうつーしん No.16
あけましておめでとうございます。小斉太郎です。

昨年は、多くのみなさまのご支援を賜り、港区議会議員として三期目の任期を与えて頂きました。改めまして感謝と御礼を申し上げます。

以来、早いもので7ヶ月が経過いたしました。私は、余剰体質にある財政の構造改革(減税断行)や、開発偏重の港区のまちづくりを区民主体のまちづくりに転換すべきといったことを中心に、さまざまな改革の提案を行なって参りました。

しかし、区長の姿勢は変わらず、私の提案に耳を傾けないにとどまらず、主体的な新しい取り組みもほとんど行なわれない現状です。

いまや、全国各地の地方自治体が首長のリーダーシップやアイデアの下、個性的で地域特性を活かしたさまざまな取り組みで特色や独自性を発揮し、行政サービスの質的向上にしのぎを削っています。

私は、今こそ、港区という地域の特性を活かした改革に向け大きく舵を切るときと強く感じています。今年は、それを念頭に政治的行動をおこしていきたいと思います。みなさまの引き続いてのご指導・ご支援をよろしくお願い申し上げます。

さて、みなさまはどのような新年をお迎えになられましたか?

私は、昨年同様、大晦日に港南(港区の地名)の肉屋さんに、年末の挨拶も兼ねて注文していた「牛タン」を取りに行き、「タンシチュー」づくりに挑戦しました。今年は少し水の量が多すぎてソースが軽めになってしまいましたが、自分なりには合格点ではないかと勝手に喜んで食しています。いつか、みなさんに味のテストをしてもらえる機会をつくれればいいなと密かに思っています。

それと、この新年のトピックスとしては、千葉・犬吠碕に妻と初日の出を拝みに行ったことでしょうか。9年前、区役所に届出を出す(元旦でした)直前に行ったことがあり、今年は初心に帰る意味も込めて、4時半起きで車を飛ばしました。すでに車の列でほとんど動かない状態でしたが、何とか海岸線までたどり着き拝むことができました。

海岸線には雲が立ち込め、日の出はその雲の切れ間からきれいな光線を発しながらゆっくりと登ってきました。すっかり登りきり太陽の全容が見えるとき、太陽の放つエネルギーであたりは心なしか暖かくなります。視覚と皮膚感覚を通して、改めて、太陽のありがたさ、自然の畏れ多きを感じました。

日頃は、山積する政治の課題と向き合い、否応なく現実を直視しなくてはなりませんが、今回初日の出に手を合わせながら、「私たちは自然に生かされている」ということを再確認し、政治の中でこのような感覚を体現する努力をしなければならないと実感していました。

また、毎年、ご近所で勝負の神様でもある乃木神社と、町会エリアのお社の金王八幡宮に初詣に出かけます。今年はやはり将来不安が高まっているからなのか、参詣者がいるにも増して多かったのが印象的でした。みなさまはいかがお感じになられましたか?

なんだか長くなってしまいましたので、そろそろ終わりにします。この他にも、今年初めてご近所の善光寺さんで除夜の鐘をつかせて頂いたということもあったのですが、省略します。

本年も、ぜひホームページをご覧頂き、さまざまなご意見を頂きますよう、よろしくお願い申し上げます。


小斉太郎


Sometime たろうつーしん No.15
総選挙が終わって

11月9日、国政に対する国民の意志が明らかになった。先般の衆議院総選挙についての私なりの感想を記してみたい。みなさまのご意見やご感想を伺えれば幸いである。

 

引き続き小泉改革を継続すべし

「与党三党の絶対安定多数の議席確保」これがこの度の有権者の審判であり、事実として受け止めなければならない。「小泉改革」対「菅改革」が問われた総選挙であったが、軍配は「小泉改革」に挙がった。ただし、比例区では民主党の得票が自民党を上回っていることを考えると、小泉・安倍新体制の裏に隠れた自民党の旧来体質には懸念を示されているといってよいと思う。また、公明党なくして自民党は存続し得ないということが明らかになった。「小泉改革」は選択されたが、自民党自体がもろ手をあげて支持された訳ではなく、民主党にもしっかりしたチェック役を任せたい、という選挙結果といえる。

 

民主党が政権交代の受け皿として認められる

一方で、選挙前に旧自由党と合併した「新民主党」は大躍進を果たし、「政権交代の受け皿政党」として有権者に認められた。ただし、一気に政権を担当させることには有権者の躊躇があった結果ともいえる。民主党のマニフェストは即席の感が否めず(実際は違うにしても有権者から見れば)、その実効性を疑問視する向きもあった。次の選挙までに、国民からの信頼感を勝ち取れるかどうかが課題であろう。「与党に疑念を抱きつつも野党に任せきれず」という結果ではないだろうか。

 

棄権した有権者の思いは…(過去二番目に低い投票率から)

投票率は、小選挙区59.86%、比例区59.81%で過去二番目に低い投票率に終わった。将来の日本の進路を決める上で特に重要な選挙であったと思うが、なぜこのような結果となってしまったのであろうか。今回に限って言えば、選択しきれなかった有権者が棄権に回ったともいえるかもしれないが、それ以上に根本的な問題点が横たわっているような気がしてならない。まず第一に、小選挙区比例代表並立制導入後、三回の選挙ともに低投票率が続いていることは看過できない。政治と国民の距離が拡がって来つつあるのではないか。第二に、各党ともに明確な方向性を示していないことも理由の一つではないだろうか。第三に、若年層の投票率の低さから、政治についての基礎的な教育が十分になされていないことも懸念される。

そして最後に、政治の重要性を国民が認識しきれていないことが大きな問題ではないだろうか。棄権した有権者は、自らの権利を行使する必要性を感じていないのではないか。「今のまま任せていれば何とかなる」「政治に期待しても仕方ない」という雰囲気。これは、大変危険である。内外の政治課題が山積し、わが国の進むべき道の選択を迫られている今日、国民自身が積極的に政治参加しその意志を明らかにする責任を有している。「投票の棄権」は「政治への発言放棄」を意味し、「白紙委任」を意味する。「こんなはずではなかった」という状況が生じても、後の祭りなのである。一方で、政党・政派に関わらず政治に携わる者は、その危機感を十分に認識し、何にもおいて取り組むべき課題である。国民にわかりやすい政策の提示、徹底した議論が求められている。

 

人物を選ぶ小選挙区、政党を選ぶ比例区

比例区の得票率「自民35.0%/民主37.4%」に比べ、小選挙区の得票率は「自民43.8%/民主36.7%」であった。この結果が示唆するものは、「人物を選ぶ小選挙区、政党を選ぶ比例区」ということだと思う。「小泉改革が選択された」「一気に政権を担当させることには有権者の躊躇があった」と先述したが、それは結果であり、実は、有権者の中の「自民党政権存続でいいのか」「民主党に任せてみてもいい」という揺れる気持ちが見て取れる。では、何が勝敗を決したか。これは明らかに小選挙区選挙での自民党(+公明党)の勝利である。私は、「政党選挙」「政権選択選挙」とは言っても、小選挙区制での選挙は人物を選択するウエートが非常に高いと思う。小沢一郎氏は選挙後、「(民主党候補は)地元活動が自民党の1/10」と話した。まさに言い得て妙である。所属政党の理念・政策が重要視されるべきは言うまでもないが、それと同じ位に候補者への信頼感、発言や行動、滲み出る雰囲気も選択の重要なポイントである。真の二大政党の一翼を民主党が担う前提に、小選挙区選挙の本質を知るということがあげられると思う。

 

あなたなしでは生きてゆけない(公明党と自民党の関係)

先述したように、小選挙区選挙では自民党が勝利したが、その勝利には公明党の存在が欠かせないことが明らかとなった。つまり、公明党の協力なくして勝利はなかったのである。今回の選挙の最大の特徴といってもよい。私は、この状況に大いなる不安を禁じえない。宗教団体を母体とする公明党の組織型選挙は、確実な票を獲得するという意味では「甘い蜜」のようなものである。しかし、政権を担当すべき政党が、そのような背景を持つ他党の協力なくして存立し得ないということは情けないことではないだろうか?今回の結果をもって、自民党は公明党にますます頭が上がらなくなる。選挙での国民への約束を本当に十分に果たし得るのか、極めて疑わしくなる。選挙で一度吸った「甘い蜜」からそう簡単に離れることはできないだろう。自民党には、改めて真剣に考えて頂きたいと念じて止まない。また、私は、この点については非常に不健全な状態であると厳しく指摘したい。

 

マニフェスト対白紙委任

私は、今回の選挙において、民主党はマニフェストの中で、具体的な政策の内容、実現の道筋を不十分さはあるにせよ国民に示したと思っている。さらに、政権交代の際の閣僚名簿を、内容はともかく事前に発表したことも評価できる。一方で自民党は、「これまでの小泉を見てくれ」「安倍氏を幹事長に起用するほど自民党は変わった」と訴えたが、政策的には白紙委任を求めていたと感じている。道路公団民営化問題では「民営化の方針を決定した」とはいうが、「具体的な中身は選挙後法案で示す」「総裁人事は選挙後に」という姿勢。郵政民営化も「19年4月に民営化する」とはいうが民営化の中身については全く触れられていない。イラクへの自衛隊派遣についても「派遣は決定した」というのみで、具体的な説明はほとんどなかった。経済改革についても、その目標数値は掲げられているものの、そこに至る道筋はほとんど示されていない。つまり、「小泉を信じて白紙委任してくれ」といっているに等しいのである。私は、次の選挙においては、このマニフェスト選挙を十分に総括し、国民に具体的な政策とその道筋を提示するかたちに各党とも改めてほしいと感じている。55年体制、東西冷戦に基づく保革対立の政治状況においては求められていなかったかもしれないが、現在は確実に時代が変化している。多くの国民は、責任ある選択の機会を求めているはずである。さらに、各党には、日本をどんな国にしたいのかという明確な政治理念も分かりやすく示してほしい。党内の対立で明確に示せないという言い訳はもはや通用しない。

これを明確にするには、現在の政党の枠組みでは難しいというのが私の結論である。遠からず、理念・政策に基づく政界の再編成が必要となるはずである。政党は、選挙に勝つことが目的ではないはずだから…

 

政界の再編成まで話が及んでしまったが、ともかくも、一つの政党が政権を独占しつづけることの弊害は露呈しつつある。今回の結果は「小泉信任」であったが、私たちはその成り行きをしっかり見定めて、改革が着実に進むようならば引き続き政権を担当させ、先行きに信頼と期待を寄せられない場合は政権を交代させる判断と勇気が必要ではないか。これは、国民の権利であり責務である。戦前の一時期、元老西園寺公望が、時の政府が行き詰まった際は野党に政権を渡すという「政権交代システム」を、天皇になり代わり一手に引き受けていた。これを「憲政の常道」と呼んだ。それから約70年、西園寺の役回りを国民が担う時が来たともいえる。私たち国民に判断が明確に委ねられるようになったことが、今回の選挙の最も重要な変化であったと感じている。


Sometime たろうつーしん No.14
「辞表提出」と「解任」

 

石原国土交通大臣が藤井総裁の解任に踏み切る決断をしたことで、その手続きの一環である聴聞に焦点が集まっている。昨日の報道では、藤井総裁側から国土交通省に聴聞の公開を申し入れたことで、公開での聴聞が行なわれる見込みとなった。この点は、国民への情報公開・説明責任を果たすという意味で意義あることと考える。

私はこの問題について、道路公団の民営化を基本方針と決定しておきながら、事実上それに反対し、財務諸表の存否についての国会答弁にも疑いが拭えない部分のある藤井総裁は早期に解任されるべきと思っていた。それが国民に信託を受けた政治家の責任であるはずである。しかし、直接の任命権者である扇前大臣は処分を先送り、内閣改造後も時期を見計らったかのような状況であった。政治が行政・官僚に対して指導力を発揮することの難しさを改めて明らかにした事例である。

そこで、私は、これまでマスコミもあまり触れていない切り口から、この一軒が内包する大きな問題点を指摘したい。それは、石原大臣が解任を決断する前、5時間に及ぶ会談の後発表していた「総裁が辞表提出を了解した」という点である。私はこの報に接した際、「そこまで気を使わなければならないのか」と愕然とした。「辞表提出」は任意である。故に、厳密に言えば、政治判断で総裁を交代させることにはならない。しかも、天下り官僚として巨額の退職金すら手にし、その後の影響力が温存される可能性も秘める。つまり、私は、なぜ会談終了の時点で「解任」の決断を下せなかったのか、ということを問いたいのである。

日本には古来、「武士の情」という言葉がある。処分を下す前に自ら責を担えという意味である。しかし、今回の事例には適用すべきでない。なぜならば、議会制民主主義の原則に照らせば相手は「武士」でないからである。繰り返しになるが、「道路公団民営化」という大手術を政治決断で行なう際、メスを入れる道路公団の責任者がその政策遂行にふさわしくないと判断すれば、政治責任で職を解くこともあって然るべきである。今回の問題は、日本政治において連綿と続いている政治と行政、政治家と官僚の関係を如実に表した事例なのである。これは、旧憲法下の天皇親政時代から続く我が国の官僚統治の姿といっても過言ではない。自民党を壊すと意気込む小泉改革政権でも未だ踏み込めない聖域なのだろうと痛感した。ただし、その後、総裁が辞表提出を固辞したことで事態が急変し、大臣が即座に解任を決断した点は、僅かながらではあるが改革に向けた前進と見てよいと思う。

いずれにしても、「辞表提出」と「解任」の問題は、官僚統治の日本の現状を再確認し、政治主導への大変革の必要性を再認識する機会となった。

なお、「道路公団民営化」そのものについては、民営化も前向きな選択肢と考えるが、民主党が提案している「廃止・無料化論」も一考の価値があるものと感じている。今後、総選挙までにじっくりと検証したいと思っている。

 


Sometime たろうつーしん No.13
選挙の投票入場券は個人にあてて発送される事になりました
2003.02

小斉太郎日記前回の日記に掲載した、「選挙の投票入場券を世帯ごとに発送する」件のその後の経過を報告します。

先日、選挙管理委員会が、区議会の意見も踏まえ、従来どおり有権者一人一人に送る」ことに変更する決定しました。私の指摘により、一部を除く議会の大方の会派賛同いただき、結果として「従来どおり」となったことは、率直によかったと思っています。

この間、多くのみなさまにご意見を頂きました。また、私なりにも、他の自治体の状況などを調査しました。その中で分かったことは、比較的多くの自治体で、投票入場券の「世帯ごとの発送」を行なっていることです。総務省や東京都選挙管理委員会の見解もOKとしているようです。少々驚きました。

ただ、私としてはやはり、投票の権利は個人に付与されたものであり、当前個人宛てに発送されるべきとの意見は変わりません。

地方分権の時代、地方自治体や地方議会として主体的に発想し、それを具現化することは重要で、すべて横並びである必要はありません。その意味で、この度の港区議会の行動は、間違えていなかったものと確信しています。

以上、結果報告させていただきました。
Sometime たろうつーしん No.12
選挙の投票入場券を世帯ごとに発送することの是非
2003.2

先日、区議会の総務常任委員会において、標記の件につき選挙管理委員会事務局長から報告があり、驚いた。

これまで、選挙の投票入場券は、はがきの形式で有権者一人につき一枚、その有権者に宛てて郵送されていた。それを、4月の区議会議員選挙から、各世帯ごとにまとめて郵送する方式に改めるという報告だった。しかも、これまで区議会に何の報告もないままに、選挙管理委員会で正式決定されたというのである。私は、真っ向から異を唱えた。

選挙の権利は個人に与えられている権利であり、世帯とは関係がない。したがって、選挙のお知らせは、各個人に宛てて行なわれるのが原則だ。封筒を開いた人が投票入場券を配ることになることが推測され、個人の権利を侵す恐れが出てくる。選挙管理委員会事務局長は、郵送費用の軽減と封書発送により地図や文字が見やすくなることを変更理由に挙げていたが、ことはお金の問題ではないし、見やすさを追求するのであれば、有権者一人ずつに封書を送ればいいのである。戦前の家制度を復活させるかのような、時代に逆行した動きとも受け取られかねない大問題である。

また、この決定は、事前に区議会にも報告されず、4名で構成される選挙管理委員会が区民に意見を求めることもなく行なわれたもので、意志決定過程の情報公開も説明責任も全く果たされていない。現区長の区政運営の姿勢が伝播したと強く感じざるを得ない。

私の指摘と反対の意思表示により、総務常任委員会の雰囲気は一変し、全会一致で選挙管理委員会に再考を促すこととなった。今は、選挙管理委員会がどのように再考するのか結論を待っている状態である。

しかし、それにしても、選挙管理委員会及び同事務局の意識には危うささえ感じる。国民の権利である選挙のあり方をどのように捉えていたのか。一つの疑いもなくこのような決定をしてしまう広く役所の状況を今後ともチェックし、公正で民主主義を重んじる区政運営へと舵を切るべく努力を続けていかなければならないと、心を新たにさせられる出来事であった。

みなさんはどのように感じられるでしょうか?

小斉太郎
Sometime たろうつーしん No.11

港区政についての活発な議論がなされている「メーリングリスト」に投稿した文章を掲載してみます。
最近の港区政の課題のいくつかについて議論されており、私の考え方を知って頂くのに適当と考えたからです。
みなさんのご意見を頂ければ幸いです。

なお、メーリングリスとでの発言ですので、前後関係が不明瞭な点はご了承ください。また、個人名についてはイニシャルに変えさせて頂きました。
メーリングリストの詳細は、http://www.egroups.co.jp/group/minatokusei をご覧下さい。

小斉太郎です。久しぶりに参加させて頂きます。

「甘えとたかり」をキーワードに議論が白熱しているようですね。私としては、「甘えよう、たかろう」と思っている人は当然いると思いますが、それよりも、純粋に「保養施設があるから行こう」とか「活動を応援してくれるなら補助金をもらおう」と深く考えずに行動している方が圧倒的に多いと思います。いかに自らの税金が浪費されているのかということは、サービスを享受するときは考えていないということなのでしょう。

ですから私は、税金の使われ方の実態をできうる限り明らかにして、できうる限り多くのみなさんに現実を知ってもらおうと活動しているわけです。これは、最近のK議員も基本的な姿勢は同じだと思います。

私としては、みなとかがやきとして、このメーリングリストで話題となっている「大平台みなと荘問題」や「家賃滞納問題」、「補助金改革」など予算執行の実態や他区の事例との比較などをしながら、港区議会では、常に先頭にたって取り上げてきたと自負しています。さらに、広報誌などでその実態をお知らせしているつもりなのですが、力不足で、論議が広がりをもたないことは残念です。

「たった二人の会派」と区長に名指しされただけあり、少数で取り上げられることには限界があるのも事実です。私が以前さきがけに所属していたとき、当時の菅直人厚生相がエイズ問題の追及の際に、「一点突破、全面展開」という言葉を使っていました。さきがけという小さな政党でも、この問題を突破口にして、行政のあらゆる歪みを正していこうという決意の言葉でした。その後の菅氏の行動には賛同していませんが、この言葉は、今の私たちにもあてはまるものと思っています。ただ、全面展開に至るだけの材料にまだぶつかっていないのが現状です。全面展開には、国民、区の場合は区民の圧倒的な支持が必要ですから、それまでは、地道に行政の問題点を質していく、筋を通して進んでいくことが必要だと思っています。

少し長くなりましたが、もう一つ付け加えれば、今の港区にとって一番の問題は区長の姿勢・資質だと思っています。Aさんの志向するように劇的には変わらないかもしれませんが、首長が変われば確実に区政は変わっていくと思います。少なくとも、補助金改革のための幅広い検討会の設置や区民保養についてのあり方をゼロベースで検討する、家賃滞納の一掃を図るとともに公的住宅のあり方を考える検討会を設ける、等々、こういうことはできると思います。今の区長は、意図をもってやらないというよりも、そもそも問題意識すらないのではないかとはっきり言って疑っています。

現実にMさんの住む豊島区では、区長が変わったことによって、自転車問題、場外車券場問題、リサイクル、補助金改革などかなりの部分でリーダーシップを発揮し、区民の議論を喚起していますよね。また、長野では、知事が気に入らなくて名刺を折ってしまう役人もいましたが、それは少数で、基本的には首長が一定の方向を指し示せば、そのように動いていくのが役人だと思います。多くの役人は、地方政治において主権者から直接選ばれているのは区長と議員だということを、好き嫌いは別にして認識しているはずです。

Kさんが、

> 港区も「小さな政府」に基本方針を転換するようです。例えば、「仮称新橋六丁目養護老人ホーム及び知的障害者施設」を民設、民営で公募するとか、(委託方式から利用料方式への転換)港区の人口増加のための区立住宅の建設運営を考え直すとかいろいろあります。非効率で高コストのことばかりやっていけば、財政収支の悪化を招き、終には自分たちの人件費さえ払えなくなります。コストが住民に降りかかるのは住民税をあげることを言っておられると理解しますが、その前に区職員、議員の数を減らすことになるでしょう。港区も今回の「基本方針」、「基本計画」の策定から、この基本方針の根本的変化を区民に知らせる意図はあるようです。

とおっしゃっていますが、それは一部の役人が部分的に言っていることであって、根本的解決にはならないと思っています。流れとしてはいいのですが、区の確固たる意志になってない。ですから、最終的なところではぼろが出て行くと思いますよ、区立幼稚園の大幅削減の計画を打ち上げた時のように、さまざまな圧力に屈していくとか、そういうことになると思う。「基本方針」とは何を指しているのかよくわかりませんが、少なくとも今議会で審議中の「基本構想」では、行政サービスの水準の高さを抽象的に誇り、あらゆる分野で一番になりたいと謳っているように私には読み取れます。(一部歪んだ形で区民に責任を押し付けるかの記述もあるが…)とにかく、完全に羅針盤を失っている、と私は見ています。

最後に、大平台みなと荘については、
以下のような、Mさんのご提案が現実的だと思っています。私たちも、数年前から数次に渡り、同様の主旨で役所側には意見を伝えています。一度つくってしまった以上、廃止は失敗を認めることになるので役所は踏み切れないでしょう。やはり、そこで力になるのは、今までの流れとは違う人物が堂々と具体的改革を訴えて当選することです。もしくは、相当数の区民の声を結集させることだと思います。私としては、地道に、粘り強く訴えていくのが役割だと思っています。

> こういう人々には 区営施設に代る民間旅館を当座は区の補助と言う人参でしばらく利用してもらって区営とは比較にならないほどより良いサービスの現実を ご自分自身で実費を支出することで体感してもらい 世の実態を思い知らせて当然 と常々痛感しています。区営を民営に移管するする事が今や必然の課題となりましたがそのステップとして一挙に廃止し民営に進めるのは容易な決断ではないと思いますので 先ず補助金の供与というつなぎで凌いで最後は区営全廃へと進めるのが 最も現実的な方法だろうと愚考する次第です。

このメーリングリストのみなさんの具体的行動を切に期待します。区議の立場で協力できることがあればできる限り協力します。これは、政策の違いはありますが、ここに参加している議員のみなさん全てが思っていることだと思います。

小斉 太郎

weekly たろうつーしん No.1

いよいよ、ホームページを利用した活動を本格的にはじめようと思っています。5月の連休明けにこのサイトを開設したのですが、その後、区長選挙などもあり、開店休業状態が続いていました。今後は、頻繁に更新をするように心がけたいと思います。

さて、いざ「さあ、がんばろう」ということになると、どのようにすれば活発な活動を展開できるのか頭を悩ませています。この「weeklyたろうつーしん」のページと「活動日誌」のページは定期的に更新し、議会での発言等もできるだけタイムラグなしに掲載していきたいとは思ってはいるのですが、それにとどまらずさまざまなアイデアを取り入れていきたいとも考えています。ただし、今のところその『アイデア』が思い浮かばない状態なのです。

私の思う「活発なホームページの活動」とは、多くの方に当サイトにアクセス頂くこと、そして、掲示板などを利用して多くの方に意見交換をして頂くことだと思っています。まず、この考え方で正しいのかどうか、みなさんのご意見を頂きたいのです。そして、その実現のために、どんなことをすればいいのか、このサイトにどのように変更を加えればよいのか、是非ともアイデアを頂けませんでしょうか。できれば、お金や時間のなるべくかからない方法があれば、最高なのですが・・・

是非とも、メッセージボード(掲示板)にて、多くのみなさんのご意見・アイデアを教えてくださいますよう、よろしくお願いいたします。