山本太郎氏が気になっている

 

こさいたろうの視点・論点 0104

2019/07/14

 

 

山本太郎氏が気になっている

 

 

正直にいうと、しゃべり方だとか、立ち振る舞いはどうしても好きになれません(はっきり言って生理的に受け付けにくいですが)が、この6年の言動や今回の参院選における挑戦、掲げている政策は無性に気になっています。山本太郎氏と、彼が創設した政党のことです。

 

政策について。既成政党、特に野党の面々が言いたくても言えないことを、しがらみを排し、逃げずに掲げている印象があります。あいまいでなく、具体的に示していると思います。意見の異なるところ、ツッコミどころもありますが、わかりやすいのです。

 

参院選立候補者の選定についても、目を見張っています。無名であっても、しっかりと議論ができる素地を持った人たちに感じます。いろいろな社会問題に当事者として関わっている人たち。解決すべき問題のありかを、普通の人たちよりもよく知っているはずです。

 

選挙公報で、立憲民主党の比例名簿を見れば、芸能人、有名人、労働組合などの組織代表の人たちが目に飛び込んできます。国民民主党の名簿にも労働組合の代表者が並びます。僕には、「不条理を感じて社会を変えなきゃ」という方向の人たちでなく、「今ある既得権を守る」方向の人たちに見えてしまいます。

 

候補者選定という意味では、以前から僕には、自民党と野党との間に違いがない印象がありました。有名人や組織の代表者にとどまらず、地方議員上がりや秘書上がり、すべてがダメではないにせよ、「社会を変えなきゃ」というふうに心底から思っている人が極端に少ないような気がしていました。

 

山本太郎氏の政党の候補者は、重度の障害を持つ方々、巨大コンビニに切り捨てられた人、派遣社員を続けざるを得なかった人、所属する宗教団体と支援政党の変節を憂う人、東電で原子力業務に従事していた人、金融業界の最前線でその不条理を感じた人、等々。これまでの政界進出予備軍とはだいぶ違う印象を受けます。

 

ネットのニュースの情報を簡単に調べるくらいしか術はないのですが、れいわ新選組に対する寄付の申し出は3億円を超え、東京・品川駅前の街頭演説では数千人規模にまでなっているとのこと。ここまで民衆の期待を集め始めると、もはや無視できない存在になりつつあるのではないでしょうか。

 

山里には山本太郎ブームはありませんが、それでも、県道沿いの畑や、民家の軒先に山本太郎氏の顔が大写しされたポスターをたまに見かけます。これは、田舎ではなかなかないことのように思います。都市部だけでなく地方にも多少波及し始めているのではないでしょうか。

 

昔、細川護熙さんが日本新党を立ち上げ参院選に挑んだことがありました。細川家の末裔で熊本県知事をしていたので多少の知名度はありましたが、山本太郎氏ほどではなかったような気がします。結果は、現職ゼロから、全国比例区で4人当選。その後の大ブームにつながっていきました。

 

今回の山本太郎ムーブメント、山里にいるので実際には見ていませんが、あの時の日本新党ブームに似ているのではないか、と感じています。既存の政治、既成政党への不満、不安、憤り…。それらをため込んでいる人がかなり多くいるような気がします。

 

消費税廃止やデフレ脱却給付金、国債発行と財政出動、これらの政策、過去の言動を見ると本当は安倍首相もやりたいことなのではないでしょうか。対等な日米同盟と真の独立国家を目指す、これも健全な保守勢力が目指す方向なのではないでしょうか。社会的包摂を基本とした福祉政策は、真のリベラル勢力が目指すべきところなはず。既成政党や政治家がしがらみで言えないところをズバリ掲げている彼らが、この参院選でどこまで伸びるのか、僕は注視しています。

     

 

それでも、冒頭述べたとおり、積極的に応援しようと今は思えない自分もいます。昔、師匠の田中秀征さんがある政治勢力を指して、「いいことも言っているんだけど『イエロー』な感じがするんだよ」といったことがあります。「青空の下じゃなく、暗いところでうごめいている感じがする」とも。今の山本太郎さん、そんな感じがするんですよね。手放しで信用していいのか、っていう感じの。背後に、表に出られない人が控えているような感じの。日本新党と似ていると書いたけど、そこがかつての日本新党との違いかな。気品というか、風格というか、そういう感じが出てきたら、これは大化けすることになると思うんですが。取りまきなどを見ると、期待できないのかな…

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

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「年金2000万円不足」問題から考えたこと

 

こさいたろうの視点・論点 0103

2019/07/08

 

 

「年金2000万円不足」問題から考えたこと

 

 

不足するのは誰か。

 

今回問題になったのは、『金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」』。その資料によると、高齢夫婦無職世帯の平均的な姿とある。その姿は、夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯、とある。夫婦の実収入は209,198円、実支出は263,718円と想定されている。したがって、毎月の不足額は約50,000円、30年続けると2000万円不足するということが記載されている。

 

ちなみに、収入はほぼすべてが夫婦の年金収入となっていて、支出の中には住居の家賃またはローン支払い等は入っていない。

 

     

素朴な感想。

 

この資料の前提である「高齢夫婦無職世帯」って、日本の高齢者全体のどのくらいの割合いるのだろうか。昔の統計の前提だった「夫婦と子ども二人のモデル世帯」って、もはやマジョリティーとは言えないはず。家を所有している人が当たり前の社会なのか。個人事業主や農業従事者など基礎年金のみ受給者は、これにならうともっと膨大に不足するはず。そういう人って、日本にはごく一部しかいないの。

 

たしかに、金融庁の「高齢者の資産形成・管理」についての審議会の、さらにワーキンググループの報告書なので、資産を持たない、持てない高齢者のことはそもそも度外視されているのかもしれない。でも、地方行政も含めた日本の行政機関の本質は表していると思う。

 

役人の方々は、国民や住民を語る時、どうしても自分たちが基準になる。これは非難はできない部分もある。人間なので。でも、公務員は国民の中でも特に安定的であり、特に将来にわたっての生活保障が手厚いと言っていい。大企業のサラリーマンもほぼ同様のことが言えるかもしれない。私が地方自治体の中で仕事をしていた際、気になっていたことの一つで、そのような視点を正し、国民が多様であることを伝えていくのが政治の役割の一つなのだと思っていた。

 

なので、「高齢夫婦無職世帯」だけを切り取ってなされる報告書など、単に参考資料でしかないと私は思う。このワーキンググループの参加者の一部には「オールジャパンで作った」などという声もあるようだが、そんなことあるはずがない。厳しい生活をしている高齢者、自らの加齢に不安を抱える高齢者予備軍、どれだけいるのだろうか。政治は、そちらに目を向けるべきだ。誤解を恐れずに言えば、出典資料の表には「教養娯楽」と「その他の消費支出」8万円近く計上されており、そこを節約すれば十分やっていける。私が間違えているだろうか。

 

問題が表面化してから、野党は「政府はうそを言っていた」と攻め、与党は参院選を気にして「資料はなくなった」とか「受け取らない」とか。永田町は騒がしかった。でも、国民サイドは比較的冷静だったように見えた。そもそも年金だけでは老後を賄えない、っていうのは多くの人がうすうす感じていたし、制度としても持続させるために何とかしなきゃ、っていうのも実現可能性はともかく、多くの人が思っていたことがよく分かった。永田町の面々の自己保身ともいえる争いだけが浮き彫りになった、と私は見る。これで争いが起きることそのものが、政治の劣化ではないか。

 

自分自身で老後に備え、準備できる人は、資産運用も含めてやってもらえばいいのだと思います。でも、一方で、今の制度では、老後を迎えるのに極度の不安を抱える人たちが増えていく。政治は、そちらに目を向けるべきだ。

 

基礎年金制度、健康保険制度と介護保険制度、そして、どうしても立ち行かない場合の最後の砦・生活保護制度、これらの制度を根本的に見直し、制度の再編をすべき。その際、制度を複雑に絡み合わせて分かりにくくすることはあってはならない。役人の数も投入する税金も、たくさん要することになってしまうので。私は、国民みんながぎりぎり安心して生活できるようにするには、給付付き税額控除制度を入り口に、ベーシックインカムという全国民への最低限所得保障制度を導入すべきなのではないかと考えている。また改めて私見を論じたい。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

 

 

 

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新「日米新時代」を議論すべき時ではないだろうか

 

こさいたろうの視点・論点 0102

2019/07/05

 

 

新「日米新時代」を議論すべき時ではないだろうか

 

 

「日米新時代」。この言葉は、安倍晋三首相の祖父、岸信介氏が首相の時に用いたものだ。近年公開された外交文書によれば、日米安保条約の改定のみならず、沖縄などの返還合意→衆参の選挙で3分の2を獲得→5年後をめどに憲法9条を改正→安保再度改定、これにより「相互防衛」が可能な体制を構築するという壮大な構想を念頭に置いた言葉だったことが明らかになっている。

 

歴史は岸氏の思惑通り進まなかったが、孫の安倍晋三氏が首相となり、その遺志を引き継いでいるように見える。2013年成立の「特定秘密保護法」は、約60年前の安保改定前夜、岸・ダレス会談で、米国側から新兵器に関する情報交換を行うために必要だと法整備を促されていたことも、公開文書から明らかになっている。

 

安倍首相は、60年前に祖父が目指した「日米新時代」の構想実現を目指しているように見える。私は、安倍首相がもっと明確に、自身が目指している方向を国民に伝えるべきだと思っている。日本が世界の中でどのように生きていくべきか、決断をしなければならない時が迫っているような気がするからだ。

 

先日、トランプ米国大統領が日米安保条約廃棄を示唆する発言をしたという。

 

発端はブルームバーグ通信の「トランプ大統領が日米安保条約破棄する可能性についての考えを側近に漏らしていた」という6/25の報道。

 

その後、6/26にはトランプ大統領自らがFOXビジネスのニュース番組の中で、「もし日本が攻撃されれば、我々は第3次世界大戦を戦う。我々の生命と財産をかけて」としたうえで、「我々が攻撃されても、日本は我々を助ける必要が全くない」「(日本は)その攻撃を、ソニーのテレビで見るだけだ」と批判したという。

 

そして、6/28の日米首脳会談では、日米安保については両首脳が同盟を一層強化する認識で一致したものの、6/29の記者会見でトランプ大統領は、日米安全保障条約について「不公平な合意だ。もし日本が攻撃されれば、私たちは日本のために戦う。米国が攻撃されても日本は戦う必要がない」と不満を表明。その上で「変えないといけないと伝えた」と述べ、日本に見直しを求めていることを明らかにした。ただ、破棄は「全く考えていない」と否定したとのことだ(日本経済新聞紙面より)。

 

報道などによると、日本との貿易交渉を有利に進めるための牽制、取引材料と見る向きが強く、また、米国第一主義を掲げるトランプ氏の国内支持者向けのアピールと取る向きもある。いずれにしても、現状で急速に大幅な路線変更がなされていく可能性は低く、過度に反応すべきでないという専門家の指摘は正しいものと思う。

 

その上で、たとえ急速な展開はないにしても、米国大統領が「日米安保改定」に言及したことには間違いない。

 

これまで、「日米安全保障体制を中核とする日米同盟は日本外交の基軸」とされ、一部少数勢力を除き、多くの国民が共有してきた。しかし、トランプ大統領の真意はともあれ、日米同盟、日米安保体制を含め、日本が世界の中でどのように生きていくのかを改めて考える時期が到来しているということを、この度のトランプ発言は示唆しているのではないだろうか。

 

私が日米関係を考える時、後藤田正晴氏が晩年、繰り返し述べておられたことを思い返すようにしている。以下、後藤田語録(私の後藤田正晴・巻末より抜粋)を紹介し、今回の視点・論点を終えたい。ほぼすべて共感している。日米同盟深化という現政権の方針とは異なる。徹底的に議論すべき時が到来しつつあると感じている。

 

日本国憲法について:「将来は9条を改正し、自衛権を明記することになるのかもしれない。そのときのことで一つ注文をつけるなら、海外では武力行使をしないことを同時に明示すべきであるということだ。これだけは最後の一線として守るべきだ。自衛のためならいいではないか、という反論が出てくるかもしれないが、侵略のため軍隊を持つ、海外へ出て行くと言う国はどこにもない。だから私は当然、拡大解釈で集団的自衛権は合憲とする考えにも賛成できない」

 

日本は戦争できない国:「ぼくは前から、日本は戦争できない国だと見ている。戦争して生き残れますか? これだけの高密度工業社会ですよ。これだけ兵器が発達した時代ですよ。核兵器と生物兵器と化学兵器。サイバー攻撃まで考えると、もう逃げる余地がない。国土も狭い。滅亡戦です」

 

日米安保条約について:「日米安保条約は冷戦時代の発想だ。冷戦時代はもう終わった。だから、日米安保体制の拡大・強化には反対だ。むしろ、軍事同盟から平和友好条約へ転換すべき時期が近づきつつあると思う」

 

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

     

 

 

 

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投票先が見当たらない

 

こさいたろうの視点・論点 0101

2019/07/04

 

 

投票先が見当たらない

 

 

この原稿を書いている今日、7月4日は参議院議員選挙の公示日です。山梨県は改選数1議席。自民党現職に野党統一候補が挑む、事実上の一騎打ちです。

 

「自民党が政権を担い続けるのはどうかと思うけれど、社会党で本当にいいのか」、僕が子どもの頃の日本政界の姿、いわゆる「55年体制」が亡霊のようによみがえってきているように僕には見えます。

 

自民党の候補者は県議会議員出身のたたき上げ。野党統一候補は東京・杉並区議出身の落下傘で、もともと社民党に所属していた女性です。

 

野党統一候補の市来さんの公式サイトを見ると、忍野村で福島の子どもたちのキャンプをやったことがあり、その時に山梨の人の人情に触れた、という主旨の記載がありました。なぜこの人なのか、何をやってきたのか、公式サイトのみならず、いろいろググってみましたが、これというものは見当たりませんでした。ちなみに検索結果の多くは、「立憲民主党引き抜き、社民党激怒、結果無所属で」みたいなものばかりで。

 

批判を恐れず率直に言います。この方は、安倍自公政権を批判する以外、何ができるのでしょうか。批判するだけにも能力が求められますが、どうなのでしょうか。短い選挙戦を通じて、山梨県民に伝えてほしいと思います。

 

そこで、立候補者のホームページを比較するとむしろ、自民党候補者の方に任せる気持ちになってしまうのは皮肉です。山梨県都留市の生まれ育ちで、幼児教育の専門家であり、県議会議員として地元に精通。さらには、同じ自民党でも安倍晋三さんとは流れの違う宏池会の所属。宏池会はリベラルに寛容でハト派的政策を志向しており、これら情報だけを見れば、若干の安心感すら覚えます。少なくとも、昔を引きずる旧来の左翼陣営よりは。

 

でも、安倍自公政権の政治を継続させていいかと言えば、それは違うとも思います。

 

安倍晋三さんが首相になってからすでに6年以上が経ちますが、目も当てられなかった民主党政権に代わり、金融政策や労働政策を通じて経済をある程度立て直した成果は率直に認めねばならない部分があるかとは思います。しかし、一方で、それ以上に看過できない問題点を積み重ねてきたと僕は捉えています。例えば、「モリカケ問題」への向き合い方は、政治家が責任を取ろうとしない姿を露呈してしまいました。そのなれの果ては、財務省の公文書改ざん・廃棄という民主主義の根幹を揺るがす問題の発覚となりました。これだけでも、大変な問題です。統計不正問題も同じ流れだと思います。また、政策的にも、特定秘密保護法に始まり、安全保障関連法、出入国管理法の改正など、これからの日本の針路を決定づけるような法律を、国民に十分な説明をせずに成立させてきました。こういう政権に「これからも白紙委任します」とは、僕には言えないです。

 

かといって、「アベ政治を許さない」以外に結合の旗印のない野党共闘も、共闘の上、勝利した場合どんな政治を形づくるのかの説明が十分でない限りは、簡単に「お任せします」とは言えません。

 

なので、そういう意志を選挙で示したいのですが、公示日当日、「投票先が見当たらない」というタイトルの通りの心境です。よほどのことがない限り、投票日まで環境が変わることはないのかな。投票するっていうのは、本当に難しく、責任が重いものだと改めて痛感しています。さて、どうしましょうか。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

     

 

 

 

 

 

 

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前を向いて生きていくということ

 

こさいたろうの視点・論点 0100

2019/06/13

 

前を向いて生きていくということ

 

想像すらできない悲惨な事件が後を絶ちません。50年近く生きてきた過去を思い返すと、時折、人の所業とは思えないような殺人事件が起きてしまいます。51歳の男が引き起こした川崎の無差別殺傷事件では、何の罪もない少女と保護者の方が犠牲になりました。

 

そして、この事件も遠因となり、今度は練馬で、父が44歳の息子を殺すという事件が起きました。川崎の事件を見て、同じように何の罪もない子どもを息子が殺してしまうかもしれないと、メッタ刺しにしたそうです。

 

この二つの事件に共通するのは、引きこもり状態にある中年男性が関わる事件だということです。そして、自分と同じような年代の男性ということになります。

 

殺人を犯した51歳の男を許すことはもちろんできませんし、父に殺された44歳の男も親に暴力をふるい続けていたようで、もし事実ならそれも許されることではありません。ただ、誤解を恐れず言えば、この男たちの心情の一端、少しだけわかってしまうような気がするのです。

 

思い通りいかない人生、いろいろやっては来たけれど、年齢を重ねてしまい、体力低下も肌で感じるようになり、老化も始まり、再挑戦への意欲も減退していく…。これはまさに、今の私自身が時折感じてしまう、偽らざる心境。彼らの心の中にも、私と同じような心境があったのではないか、と思ってしまうのです。

 

くり返しになりますが、やったことは絶対にダメです、許されません。引きこもりを続けることだって、私はいいとは思えません。ただ、どうしようもない思い、そういうものはあったんじゃないか、そう思うのです。

 

うまくいかぬ原因や理由を、自らの生まれ素性や親の育て方など、自分以外の何かに押し付けてしまう。恥ずかしいことですが、時にそんなことを考えてしまう自分がいます。言い訳をすれば、僕の場合は、「いやすべては自らの行いの結果である」と思い返してはいますが。今回の事件の二人の報道に接し、残念ながら似たような部分を持っているのではないかと考えています。もちろん、人を殺そうとか自分が死のうとかは決して思いませんが。

 

一方で、この二人と私の大きな違いは、私は引きこもることができないということだと思っています。これも正直に心情を吐露すると、引きこもっちゃいたいなー、と思うことはあります。でも、それでは生きていけないし、何より息子を育てることができません。明日の飯が食えなくなるまで、何とか考えて、何とか働き続けねばならないのです。それは当たり前のことなんだということ、本当に分かったのは本当に苦しくなった最近のような気がします。

 

私は25歳で港区議会議員に当選させてもらいました。もちろん自分でも頑張りました。ただ、実家で生活して家賃も飯の心配もなし、資金のも多くも父親が工面してくれ、知己の多い父親の力を相当借りての当選でした。その後の政治活動も、妻の両親である義父母に物心両面で多大な後援をもらうことで続けることができました。今もその遺産を食い潰して生きているとも言えます。引きこもってはいませんが、もたれ掛かって生きてきてしまいました。そういう意味では、中年になっても親にもたれかかっていると思われる引きこもりの人々と同根のところがあるのではないか、今、そんなふうに感じています。

 

私は今、息子が私のそばにいてくれることに感謝しています。とにかく、自分の歩んできた道を後悔したり、苦悩を続けたりしている暇はなく、何とか息子が育ち、自立し、社会に巣立っていくまで頑張るしかない、という環境を与えてくれています。彼が、自分の足で生きていけるように送りだしてやりたい、というのが唯一最大の望みです。私が親にしてもらったようなことは、私は彼にしてやれないから。そして、今思うのはむしろ、私がしてもらったようにしてはならないと思うに至っているのです。自分で道を切り拓ける人になってほしい。そう思っています。

 

本年3月の内閣府の調査によると、40-64歳の引きこもりは、推定61.3万人だということです。そのうちの70%が男性だそうです。私と同世代と言えます。これから人生の後半を迎える人たちです。考えねばならない日本社会の課題の一つであることに間違いありません。これからの日本は、このような人たちをどのように社会で包摂すべきか、という方向で解決策を模索する社会を目指すべきではないかと思っています。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

 

 

 

 

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衆院選を避ける野党って… なんなんだ…

 

こさいたろうの視点・論点 0099

2019/06/12

 

衆院選を避ける野党って… なんなんだ…

 

昨日今日の報道を見ますと、安倍首相は衆院解散を見送る方向だとの報道が一部流れていますが、どうでしょうか。僕はリアルタイムには記憶していませんが、1986年の中曽根首相による「死んだふり解散」の事例もあります。通常国会を閉じた直後に臨時国会を召集、野党の反発で本会議は開けないものの解散を強行しました。今年もまだ、日程的には十分に可能なシナリオです。一寸先は闇です。

 

七条解散とは。

 

日本国憲法第七条に基づき、内閣の助言と承認により天皇の国事行為として行われる衆議院の解散。ただしこれは通称であり、法令に明記された用語ではない。天皇の国事行為として行われるが、天皇は国政に関する権能を有しない(憲法第4条)ため解散権は内閣にあり、事実上、内閣の長である内閣総理大臣が解散権を握っている。つまり七条解散は、内閣総理大臣が国民に信を問う必要があると主体的に判断して解散するものと解釈されている。このため解散権は「内閣総理大臣の専権事項」「首相の伝家の宝刀」などといわれる。(日本大百科全書〈ニッポニカ〉より)

 

七条解散は違憲との意見もありますが、その論争は別の機会に譲るものとして、現実的には、解散するかしないかは、内閣を代表する首相の掌中にあると言えます。

 

今回問題にしたいのは、GW明け、衆議院解散の空気が沸き上がった際の野党の面々の言動。政権与党側が露骨に解散ムードをあおるのもえげつなく、品がないとは思いますが、さはさりながら、「待ってました」「受けて立つ」「政権交代のチャンス」というのが、本来の野党の姿ではないでしょうか。

 

政党というのは、自らの理念・政策に基づく政治が必要だと日々訴えているわけです。選挙は、それを国民に問う最大のチャンスです。選挙を通じて国民に問い、議席数を増やさなければ実現できないのです。だから、首相が解散権を行使することは、「望むところ」のはずではないのでしょうか。

 

ダブル選挙はおかしいとか今さら七条解散は違憲だとか批判するのは、「今やりたくないから」にしか見えません。内閣不信任決議案が提出は衆院解散の根拠たりえる」という菅官房長官の発言。ここまでの挑発もいかがかとは思いますが、浮足立つ野党幹部は見ていられません。こんなことでバタバタする姿を見せる面々に一国の舵取りを任せるわけにはいかない、となってしまうのはやむを得ないです。

 

安倍首相が「悪夢のような民主党政権に戻すな」とことあるごとに叫び続けるのは、正直に言って「とても気分の悪い」ものですが、こんな野党の姿を見せつけられると、さらにそんな姿を露呈させているのが民主党政権の中枢にいた人たちということが映像で流れると、絶望的な気分に陥ってしまうのは私だけではないと思うのですが、いかがでしょうか。

 

野党統一候補、潰しあわない、まずは安倍政権打倒、こんなことばかり言っているから、停滞する局面を打開することができないのだと思います。小選挙区的思考の弊害であり、限界です。自民党がダメだから、その時はもう一方の受け皿に、という考え方。これでは、受け皿が何者かが厳しく問われないのです。現状で考えると、

 

例えば、野党統一候補。立憲民主党、国民民主党、共産党、社民党などが共同して候補者を立てるわけです。仮に当選したとして、この人はどんな政治をするのか、どこを向いて政治に携わるのか、これらの政党はどんな国づくりを目指すのか、僕には全く見えませんし、希望をもって、安心して任せることはどうしてもできませんね。

 

ただ、それでも選挙はやるべきだと思います。現時点での国民の意志表示、できる限りすべきだと思います。

 

近頃、小沢一郎氏は「(今夏に衆参同日選挙が行われた場合)立憲民主党も壊滅的になる。このままの状況なら野党が立ち直れないくらいの壊滅的敗北になる」と言いました。その通りだと思います。でも、今の野党がその責務を果たすには、ズタボロに惨敗し、壊滅的打撃を受けることだと僕は考えています。そして、「昔の名前で出ています」的な責任を取らない野党幹部の総退陣、総取り替えを断行することで、新しい政治が芽吹くと思うのです。

 

晩秋に草木が枯れ、翌春に新たな芽吹きが生まれるが如く…

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

 

 

 

 

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親離れ・子離れ

 

こさいたろうの視点・論点 0098

2019/05/24

 

親離れ・子離れ

 

どちらかというと子離れができていません。息子が離れ、一人になるその日がこわくなったりします。偽らざる本音です。一方、息子は着実に親離れをしつつあります。まだ中一、甘えてくる瞬間もありますが、それは着実に減ってきています。同時に、反発する瞬間が増えてきています。健全だと感じています。

 

先日の土曜日、僕は朝から農業研修に出かけました。息子は午前中は家で過ごし、午後からテニスの練習に一人自転車で出かけました。それがどうしたの、と言われそうですが、田舎で暮らす我が家では、おそらく初めての出来事でした。説明が難しいのですが、これまでは、息子の予定があれば父が同行、父の予定があれば息子が同行、ほとんどの場面において一緒に行動していました。これまでは一人で留守番を嫌う息子もそれを求めたし、まだ息子を一人で置いておくには幼いと思う父もいました。都会の人から見れば過保護に見えるかもしれませんが、うら寂しい田舎の偽らざる実情です。だから、父子がそれぞれで動くということは、生活環境の大転換でした。

 

そんな大転換を受けて、これからは息子の自主・自立により任せていこうと思った矢先、翌朝は自分で起きることができず起こされる羽目に。息子、「起こされなきゃ自分で起きたんだ」、なんて生意気を言うので、父はブチ切れる。夕方、仲直りする。そんな一進一退の日々なんです。

 

東京の先輩に言われましたが、親の都合で田舎に連れていかれ、親の都合で父子生活となり、親の都合で貧乏暮らし、息子はかわいそうだよ、と。その通りなんですよね。そんな中で、実は息子、よく頑張ってるんです。ダラダラするところもあるし、片付けも、手伝いもなかなかしないけれど、楽しい毎日を送ろうと、日々過ごしています。優しく接しなきゃダメですね。

 

実は、僕は父親と生活した経験がありません。だから、脳みそに参考にすべき、あるいは反面教師にすべき父親像がインプットされていません。すべて手探りです。さらに、母親役もだましだましやっているようなありさまで。子どもにとって何が幸せなのか、大人になっていくために、これからの中高時代、どんな家庭が必要なのか、まさに暗中模索です。そのような中で、これも多くの人生の先輩たちに言われる言葉ですが、「とにかく働け」と。この言葉を忘れてはならない、と思っています。

 

「小斉太郎の視点・論点」的に〆させて頂きますと、離婚の割合も高まり、ひとり親での子育ても珍しくなくなってきている今、日本の将来を託す子どもを育てるために必要な家庭環境・生活環境・地域環境はどんなものか、最低限何が必要なのか、社会全体で考えていく必要があるのだと思います。

 

母子二人で暮らしていた僕は、実はサザエさんのような家庭に憧れがあったように思います。地域に根差さぬ家で育った僕は、地域社会への憧れもあったように思います。でも、結局は父子二人で縁なき土地で暮らすことになり、今に至っています。今から「サザエさんの家」は無理ですが、多少は地域に根ざして生きていこうとは思っています。子どもクラブ、後継者会、ソフトボール…、あ、結構やってるか(笑)

 

この先どうなることなのか、道なき道を歩んでみます。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

     

 

 

 

 

 

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政治家は本音で議論せよ

 

こさいたろうの視点・論点 0097

2019/05/23

 

政治家は本音で議論せよ

 

丸山議員は、戦争を知らない世代。僕も同じだ。全く体験・経験がない。かたや、丸山議員に「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」と強い口調で問われた大塚団長は、御年89歳とのこと。戦争を体験し、戦争によって故郷を奪われた人である。このことに思いを致せない者が国会議員であっていいはずがないのは当然だが、彼の発言内容に違和感を感じない人々が、実はかなりいるのではないか、と思っている。

 

丸山議員が所属していた日本維新の会は、事の重大さを察知し、素早く除名処分とし、与野党に辞職勧告決議案の提出を呼び掛けた。でも、これは、統一地方選挙で息を吹き返した党勢を失速させないようにするため、にも見える。僕の過去の経験からみると、大阪維新系に集まる人々は、程度の差はあれど、丸山議員と同じように右傾の人々が多い。発言の内容を真に問題視しているのか、極めて疑問だ。安倍首相を支持する一部右寄りの人々とも重なる。

 

丸山議員は、酔っ払っていつも思っていることを言ったのだと思うが、思っているけど言わない、というのも相当罪深い。こういう問題を受けて僕がいつも思うのは、日本の政治家と言われる人たちは、選挙を恐れず、そろそろ本音でものをいうべきではないか、ということ。自らが思う日本の針路を明確に示すべきだ。国会議員に憲法擁護義務はあるものの、それをもって本音を隠されてはかなわない。本音を聞いて、判断は、主権者たる国民がする。変に隠したり、調子を合わせたりするから、訳が分からなくなる。丸山氏は、酒を飲まないで言えばよかったのだ。

 

僕はこう思う。議員であり続けるために、権力者の一角に居残るために、多くの政治家は本音を隠していると。この傾向、与党自民党の中にも横行しているような気がする。これは、小選挙区制度の弊害でもある。

 

日本が進むべき道、それぞれが本音を語り、大いに議論し、たたかわせる時が来ていると思う。

 

多数の方の意見とは異なるかもしれないが、丸山穂高氏に議員の立場を与え続けるかどうかは、主権者が判断すべきと考えている。誤解を恐れずに言えば、発言の内容をもって多数で辞職を促すことは、民主主義の観点から適切ではない。その上で、丸山議員が真に謝罪するのであれば、自ら身を処すべき、議員を辞めるべきとも思う。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

     

 

 

 

 

 

 

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「上級国民」糾弾の世情を見過ごしてはならない

 

こさいたろうの視点・論点 0096

2019/05/22

 

「上級国民」糾弾の世情を見過ごしてはならない

 

池袋の高齢者ドライバーによる交通事故を受けて、加害者とみられる飯塚幸三氏が逮捕されないのは「上級国民」だからだと、ネット上で流布、拡散していて、収束しない。実際のところ、「上級国民だから逮捕されない」ということはないのだとは思うが、今生きている社会について「もしかするとそういうことがありうるかもしれない」と、多くの国民が感じていることをさらけ出したともいえる。この反応、僕には意外には感じない。社会が閉塞に向かっていることが大きく影響していると感じる。

 

例えば、社会のかじを取る政治の世界。権力を持つ者、それに近い者、そのほとんどが二世、三世、さらには四世もいるような世襲政治家だ。安倍晋三総理、麻生太郎副総理をはじめ、ポスト安倍と呼ばれる岸田氏、河野氏、石破氏もみんな世襲議員。生まれ素性によって将来が決定づけられるのは、中世への回帰ともいえる。

 

さらに、その政治の世界では、権力に近いものが優遇されているのではないかという疑念を払拭できずにいる。というより、払拭する気もない、という方が正しいかもしれない。森友・加計問題も真相は藪の中でうやむやになっているし、小渕優子経産相(当時)の政治資金収支報告書をめぐる疑惑や、甘利明経済再生担当相(当時)のあっせん利得疑惑も、真相は解明されずに終わった。そういえば小渕さんも二世だ。僕は懐疑的だが、このような事件ももしかして「シロ」なのかもしれない。ただ、こんな時代だからこそ時の権力者は、自ら率先して疑念を晴らす努力をすべきであるが、現実の対応は逆に見える。権力を行使して、あるいはそれを忖度して、うやむやにしている印象を与えているのである。

 

かなり脱線してしまったが、このような時代背景の中で、エリート官僚から天下り、渡り、そして叙勲まで受けた人物は死亡事故を起こしても不問に付されるのか、という怒りが爆発しても無理はないように感じるのである。実際は、制度の運用上逮捕に至っていないものと思われるが、「上級国民だから忖度されている」との疑念を与えないような、厳格な対処が必要だ。

 

そして、どうしてこのような閉塞に向かう社会になってしまったのか、いま一度しっかり考える必要がある。これからは、社会を改めて見直し、生まれ素性や学歴ではなく、能力が重視される社会をより志向すべきだし、努力したものが報われる仕組みをしっかり作る必要がある。さらには、社会の多様性を可能な限り許容する社会を目指すべきだと考える。残念ながら、今の自民党政権はこのような考え方と逆ベクトルと言わざるを得ない。

 

元エリート官僚の交通事故に端を発した「上級国民」糾弾の世論、口汚い言動には賛同できないものの、そのような機運が生まれる社会の現状から目を背けてはならない。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

     

 

 

 

 

 

 

 

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「車を運転しなくても生活に支障がない社会」は作れるのだろうか

 

こさいたろうの視点・論点 0095

2019/05/21

 

「車を運転しなくても生活に支障がない社会」は作れるのだろうか

 

高齢者ドライバーによる痛ましい交通事故が後を絶たない。池袋で起きた母子死亡の交通事故の後、高齢者の運転免許証自主返納数が増加しているようだ。車を運転しなくても生活に支障がない高齢者の方々には、ぜひ車の運転を卒業してもらうべきだと思う。これだけ高齢者ドライバーによる事故が頻発している現状を考えると、やむを得ない。高齢者の方々自身にとっても、人生の晩年に人殺しとなってしまうリスクを負うべきではないはずだ。

 

ただ、「車を運転しなくても生活に支障がない」というところが問題となる。僕のように田舎に住んでいると、平日の昼間、車を運転している人のほとんどが高齢者と言っても言い過ぎではない。

 

運転している高齢者は二種類に大別できる気がする。一つは、もともと地元の人で、農作業やら通勤やら、仕事に車を使っている人たち。もう一つは、定年後に移住してきたような方々で買い物などの生活の足に浸かっている感じの人たち。それぞれ生活に欠かせない「足」ということになる。

 

さらに、運転スタイルも二つに大別できる気がする。一つは、ものすごく安全運転、実際はゆっくり過ぎて逆に危険か、というような人たち。もう一つは、自信満々、スピードも結構だして傍若無人といった運転の人たち。正直、どちらのパターンであっても、「大丈夫だろうか」と思わされることが少なからずある。それでも、生活の「足」なのだ。

 

「明日は我が身」とまではいかないが、遠くない将来、僕もこのように言われる年齢に必ずなる。現在の居住地に住み続け、田畑の世話も続けるということになれば、車の運転をやめるわけにはいかなくなる。やめろと言われれば、買い物に行くのもままならず、仕事も大方終わりにしなさいと宣告されるに等しい。

 

この田舎で、今の高齢者に、こんな宣告ができるだろうか。かなり厳しいものがある。でも、私が高齢者の仲間になるころまでには、解決しなければならない問題であることは間違いない。限界集落、家族のあり方の変化、人口減少、超高齢化、さらには生活の格差の広がりすらも、深く関わってくるはずだ。

 

日本が目指すべき社会の姿を、政治家は掲げ、議論し、主権者たる国民が決定しなければならない時が、まさに近づいているのではないだろうか。高齢者の自動車の運転をどうすべきかは、こういう大きな社会ビジョンの中に位置づけられるべきだと思う。

 

現時点で、僕が考えるビジョンの柱の一つは「助け合うこと」ではないかと思っている。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

     

 

 

 

 

 

 

 

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10連休、これでよかったのか?

 

こさいたろうの視点・論点 0094

2019/04/30

 

 

10連休、これでよかったのか?

 

 

いよいよ、今日で「平成」が終わります。30年前、昭和が終わり平成となった日、当時19歳。自宅マンションで報道番組にくぎ付けになっていたことを思い出します。日本はバブル経済真っ只中(というのは後で実感することとなりますが)、東欧諸国の民衆革命が進行しつつあり、ソ連はペレストロイカで冷戦終結の期待も高まっていた、そんな時代でした。政治には全く疎い若造であった私も、昭和天皇の崩御、昭和という時代の終焉を体験することとなり、なぜだか興奮を感じたことを覚えています。

 

あれから30年。個人的には、全く想像もしていなかった政治の道に足を踏み入れ、開かれた政治、官から民へ、行政改革の実現などに向けて、自分なりに全力を傾注してきました。そして、力尽きて今に至ります。平成から令和へ。若い時のように興奮はありません。これは年齢によるものかもしれませんし、今上天皇が生前退位を決断され、あらかじめわかっているからかもしれません。ただ、最も大きな理由は、新たな時代に明るい希望を見出しにくいからなのかもしれません。

 

平成という時代、日本は、世界はどうだったか。これは様々なメディアで様々な解説がなされています。今は、それらにお任せしたいと思いますが、いずれ私の分析もお届けしたいと思います。

 

さて、今上天皇退位が4月30日、新天皇即位が5月1日と決まり、意図したものかどうかはわかりませんが、ゴールデンウィークと重ねられ、特別に「10連休」が設定されました。まあ、意図されたものなのでしょう。さらに付言すれば、統一地方選挙直後の設定も意図的ではないかと勘繰ってしまいます。改元をお祭り騒ぎにしてしまい、いろいろな懸案を見えにくくさせてしまうというか。勘ぐりすぎかもしれませんが、国民主権の憲法下、内閣が決める訳なので。なぜこの日だったのか、しっかりと情報公開し、説明責任を果たしてほしいものです。

 

さはさりながら、かくして、史上初の10連休に突入しています。父子家庭の我が家、中一の息子がずっと家にいます。三食の飯炊きが必要です。はっきり言って大変です。小さい子のいる家庭は、たぶんもっと大変です。そして、私は家で仕事、GW明けからの野菜の出荷に向けて準備が忙しく、旅行にも行けません。周辺は観光地なので、車の量は平日の何倍にも増え、普通のスーパーもBBQの買い出し客などで大混雑、なるべく外出しない方が賢明な状況です。

 

そんな中、日曜日のテレビ、TBSの報道特集をたまたま久しぶりに見ました。「10連休は歓迎されているのか」という特集をやっていました。私も同感の部分がたくさんありました。実際に10日間休める人は、全体のおよそ3割とも言われているそうです。国民の多くが正規雇用だった昭和の時代は遠く過ぎ去っていて、今や非正規雇用の働き方、請負や個人事業の方など、働き方が多様になっているわけです。時給や日給、日割で給与や報酬をもらっている人は、死活問題だそうです。それはそうですよね。

 

10連休による経済効果ももちろんあるそうですが、一部の人たちへのしわ寄せも確実にあります。みんなが恩恵を受けられるわけではない、ということは忘れないでおきたいと思います。さらに、ある専門家は、休める人と休めない人、休みたくないのに休まねばならない人、それらの人たちの間に心理的な格差が生じることも懸念すべきだと指摘していました。その通りだと思います。

 

かつて、政治の現場にいた時、役人の人たちの生活がさまざまな政策立案のベースになっていると感じることがありました。つまり、正規雇用、法令通りの休暇等がきちんととれるなどの環境がベースになっているということ。議員も、長くやればやるほど、そちらが当たり前になるような雰囲気もありました。役人の人たちはとても恵まれた環境にいるんだよ、と指摘すべきなのが議員なのに、と当時思っていました。今回の10連休の設定も、そんなことが背景にあるような気がします。

 

もしかすると、今上天皇の退位、新天皇の即位は、5月31日・6月1日がよかったのではないかと、今になって思います。統一地方選挙からも遠く、参院選にもある程度の期間を確保できるので、穏やかな改元を迎えることができたのではないでしょうか。また、この両日のみを祝日とすれば、国民の日常活動に大きな影響を及ぼさずに済んだのではないでしょうか。そんなふうに感じます。

 

連休明けの5月7日(火)、多くの人々が急に活動し始めます。金融機関関係、株式市場、コンピュータシステム、などなど。大きな混乱がないように祈るばかりです。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

     

 

 

〈お詫びと訂正〉

先に発行致しました第90号におきまして、「今上天皇」と記載すべきところを「昭和天皇」と誤って記載してしまいました。この場を借りましてお詫び申し上げますとともに、訂正させて頂きます。

 

 

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統一地方選挙の結果を見ての雑感

 

こさいたろうの視点・論点 0093

2019/04/29 その2

 

 

統一地方選挙の結果を見ての雑感

 

 

今年は天皇陛下のご退位、新天皇の即位、改元があり、人々の関心はすでにそちらに移っているわけですが、ついこの間まで、全国で統一地方選挙が行われていました。少し出遅れてしまいましたが、統一地方選挙のコサイ雑感を記してみたいと思います。頭に思い浮かんだ順に書いてみます。

 

☆ マック赤坂氏の当選:私、港区議会議員をしていたので、とても驚きました。この方が初めて選挙に出たのが港区議選、私の4回目の港区議選と重なっていました。記憶では100票獲得されていたと思います。当時赤坂のパチンコ屋の前に超高級外車が停まっていて、それがマック赤坂さんの街頭演説用自動車だったことに驚いたことを覚えています。確認はしませんでしたが、地元の人の話だと、なんとパチンコ屋にいると言ってました(笑)ただ、それからたくさんの選挙に出る中で、本気度が変化してきたようにお見受けしていました。以前、ローカル紙の記者さんが「マック赤坂さんは実は理念・政策、しっかりしているよ」と言っていたのを思い出します。知名度が高まった中での当選とは思いますが、ご活躍を期待しています。

 

☆ 当選者の傾向:強固な地盤がある。これには2パターンあって、地域の相談事をまめに解決してきたような古いタイプと、役所へのチェック機能を果たす役割を果たし、情報発信を続けてきたタイプ。いずれも地方議会には必要で、有権者の良識ある判断が示されているのだと思います。また、今回は、若さ・女性などの際立った特徴がある、この条件もいつも以上に結果に影響したように見えました。どちらかの候補が強く、あまりエッジがきいていない候補は埋没、という傾向があったように分析しています。

 

☆ 自民党の底力:主に東京の区議選の結果を見ての感想ですが、自民党は高支持率を背景に候補者を大量擁立していたように見えます。なので、区によっては当落線上で自民党候補者がたくさん落選という結果が目につきました。ただ、これは自民党が弱いのではなく、強い証拠かと思います。強烈な党内競争を促した結果と見ます。中堅から古参で票固めの活動を怠っていたような人は容赦なく落選しているように見受けられましたが、これは議席数が減ったのではなく、頑張った新人と入れ替わったということになります。でも、本当に自民党一強でいいのか、私たちは十分に考える必要があると思います。

 

☆ 大阪での維新の存在:大阪では、維新の会が大きな支持を得て躍進したようです。私自身、国政での維新の会の立ち位置や、昔の顔で出ているような幹部議員を見ると、どうしても信頼を置くことはできないのですが、大阪ローカルでは受け止められ方が全く違うようです。これまでは、橋下個人商店と揶揄されていましたが、大阪都構想の実現を通して大阪を変える、という主張が、地道な地域活動を通じて浸透してきているのだと感じました。その裏側には、古い自民党や既得権を持った役所がいかに悪かったかという背景もあると思います。主義・主張は別にして、地道に、粘り強く地域に浸透することで政治を変える、という意味では、大いに学ぶべきところがあるように思います。

 

☆ 立憲民主の堅調さと共産党の不振:こちらも主に東京を中心に見た限りですが、立憲民主党が新鮮さのある候補者を並べて堅調に議席を獲得した一方、共産党は接戦をことごとく落としているように見受けられました。候補者を出しすぎた可能性もありますが、それは行けると踏んで擁立したものと思います。さらに、組織政党には有利な低投票率も生かせなかったことになります。共産党はこれまで、主に所得の低い有権者の支持をめぐって公明党と票の取り合いをしていました。これに加え今回は、反安倍政権・反権力の票を立憲民主党と取り合う構図になったものと思われます。前回の衆院選でも同様の傾向がありました。一方で、大阪での衆院補選での野党統一候補も思ったほど票が伸びませんでした。つまり、今の野党が取れる票数には限界があり、いくら野党が集まっても広がりはもたないことを表しているのではないでしょうか。

 

☆ ほぼ史上最低の低投票率:前半の知事選以外、すべての選挙で史上最低の投票率となったようです。知事選もこれまでで二番目に悪いとのことでした。そんな中でも、コツコツまじめに取り組む政治家、行政と健全な緊張関係を保ち監視機能の役割を果たしている政治家が当選している地方議会も多く、有権者の見識を表しているものと思います。しかし、俯瞰してみると、概ね現状維持を求める結果になっているように見えます。これは、低投票率がもたらしている結果という側面が極めて大きいと思います。ふだん、投票に行かない人が投票行動に動けば、大きく政治を変えられる可能性が高まります。ただ、ここまで書いて、うつむいてしまう自分もいます。一昨年の「都民ファースト」旋風で何か政治は変わったのか、と。ただ、それでも、可能性を求めて主権者は行動すべきだと思っています。何ができるか、考え続けていきたいと思います。

 

小斉太郎

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

     

 

 

 

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志を貫く議員の必要性

 

こさいたろうの視点・論点 0092

2019/04/29

 

志を貫く議員の必要性

 

統一地方選挙の後半戦が終わり、早一週間が経ちます。この選挙で当選した皆さんは、新たな元号、令和の始まりの日に任期が始まることになります。旧弊を打ち破り、新たな時代が明るく拓ける、そんな政治を実現してほしいと願っています。

 

実は、私の知り合いも各地で立候補していました。遠い山里にいる私は何もできなかったわけですが、懸命に挑戦を続けていた同志たちに向けて、SNS上での応援演説を贈りました。統一地方選挙を横目で見ていて、私が感じていたこと、求められる議員増などについても触れましたので、今回はその文を掲載致します。

 

(以下、小斉太郎応援投稿引用〈一部要約〉)

 

おはようございます。

 

実は、僕の盟友が選挙を戦っています。僕は何もできず、あっという間に選挙戦最終日になってしまいました。☆ 佐藤さん(東久留米市議候補)☆ 古堺さん(豊島区議候補)。

 

かつて、僕が国政選挙に挑戦しているころ、彼らは僕の「志」に共鳴してくれて、誰に頼まれるわけでもなく、自然に集まってくれました。今は政治の一線から離れた江東区の伊藤嘉浩君も含めて三名。高田馬場の焼き鳥屋で四名の同志が結成されました。

 

当時所属していた政党には、有名人の政治家やお金を持った政治家も結構いて、多くの地方議員はそういう方になびいていました。地方議員は誰かの応援をするとき、自分のプラスになるかどうか、次の選挙での再選に役に立つかどうかを多かれ少なかれ計算するもの。人間ですから、一概にすべてを否定はできません。僕もやっていたから多少わかります。全くなかったといえばウソになります。

 

でも、彼らは違いました。「志」を最優先させて、僕のところに結集してくれました。これは、できそうでいて、なかなかできないことです。何せ、無名で、カネが極度にない僕のところに来ても、メリットはほとんどありませんから。ちなみに、先にさいたま市議に当選した土井裕之君、そして、いま挑戦している ☆ 石川さん(清瀬市議候補)も「志」を優先させる政治家です。

 

僕は、こういう同志とともに政治家として行動できたことを誇りに思っています。彼らの姿から学び、彼らの姿を見て自らの初心を確認し、道を誤っていないか自らに問いかけながら生きてきました。本当に幸せな政治家としての人生でした。

 

僕がかつて地方議員だったころ、「違うとは思うんだけど、党で決まったことだから、党に従う」とか「与党だから役所の提案には反対できないんだよね、ちょっと賛同できないところもあるけど」とか、そんな声をしょっちゅう耳にしました。「なんなんだ」と、当時若い僕は思いました。何のために議会に送り込んでもらっているのか、と。

 

今は、僕が政治に携わっているころよりもさらに、こんな状況が深まってしまっているように見えます。選挙に当選するために上司の顔色を窺って、言われたとおりにふるまう、というような傾向。改革を志向した政党から政治に足を踏み入れながら、大政党に、権力のあるところに臆面もなく鞍替えしていく人たち。たくさん見てきました。

 

でも、こんな時だからこそ、僕は「志」を貫く議員が必要だと思うのです。

 

選挙を通じて自らの政治姿勢を明確にし、それに基づく政策を具体的に示し、当選後も自らの行動を主権者に説明する、こういう議員が「志」を貫く議員だと僕は思います。所属政党の都合や、影響力の大きい大支援者の都合や、時には自らの都合によって、選挙で言っていたこととは違う行動をするような議員ではなく、ということです。

 

また、主権者にとって、志に共感できる、信頼できる政治家を、一人でも議会に送り込んでおくことは重要なことだと確信しています。

 

一人では何もできないといわれることがあります。確かにそういう側面もあります。でも、一人だからできること、言えることも結構多くあります。そして、一人であっても言論によって共感を求め、実現できることもあります。僕自身が体現者ですので、間違いありません。長いものにまかれない一人の議員の存在が、議会を活性化させることも間違いありません。

 

また、重大な判断が迫られるような際、選挙で約束した姿勢を曲げることなく行動できる議員が議会にいることは、主権者にとって何よりも大切なことだと思います。

 

この6年ほどは、総理大臣も変わらず、ある意味「安定した」政治が続いています。でも、その裏側では、その弊害も多く目にするようになってきました。権力は永遠ではありません。必ず変化の時がやってくるのだと思います。

 

その変化の時代に、所属政党やボスから借りてきた「借りものの志」を振りかざす政治家ではなく、自らの内側から形成された「自分自身の志」を持った政治家が、再び政治の舞台の中心で活躍するものと確信しています。

 

何もできない僕からの、応援演説でした。ご清聴、と言いますか、お読み頂き、誠にありがとうございます。

 

小斉太郎

 

※ なお、佐藤さん、古堺さん、石川さんは、皆さん当選を果たしました。今後の活躍を期待しています。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

     

 

 

 

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日本の学校制度は今のままでいいのか

 

こさいたろうの視点・論点 0091

2019/04/11

 

 

日本の学校制度は今のままでいいのか

 

 

今年の春は、桜の開花の後、全国的に相当な冷え込みで、入学式まで桜が残っていた地域も多かったようです。皆さんお住まいの地域はいかがでしたか。

 

桜舞う入学式は素敵だと思いますが、全国的には各学校の入学者数の減少に歯止めがかからないのが実情ではないでしょうか。

 

僕が港区で区議をしているころ、バブルの直後くらいですが、港区の人口が急減、子どもの数ももちろん急減し、小中学校の統廃合が全地域で行われました。

 

その後、数十年で、臨海部で高層住宅開発が急激に進み、都心回帰現象が加速。今度は学校が足りなくなるという皮肉な事態に。

 

これは港区だけでなく、中央区や江東区といった臨海部を持つ各区で同様の現象が生じました。

 

しかし、このような現象は、日本全国の中でごく一部ではないでしょうか。都会のごく一部。その他ほとんどは、子どもの数が減りすぎて途方に暮れているのだと思います。

 

都会でも有名な清里という観光地がありますが、この清里にある高根清里小学校がこの3月に閉校になったそうです。高根北小学校も閉校し、三校合併で高根東小学校に統合されたとのこと。地元民はわかりますが、超広大な学区域になります。

 

僕の住んでいる白州町というエリアにある白州小学校も、新入生は十数人と耳にしました。どこも同じような実情ではないかと思われます。生徒数が減ったから、統廃合を進めるという公立学校のありようで本当によいのでしょうか。

 

戦後、人口が急増し、子どもがたくさんいたころの教育基盤整備の発想から抜けきれない日本の教育界。いろいろな議論がなされているのかもしれませんが、僕にはそんな風にしか見えません。

 

全国・一斉・画一教育からの脱却。選べる教育。作れる学校。多様な教育を認め合える社会。こんなキーワードで教育を刷新することはできないでしょうか。

 

同じ思いを持った親が集まって学校を作るとか、ホームスクールを認めるとか、特別な才能を伸ばす学校を認めるとか、既存の学校のあり方にまったくとらわれず、制度設計すべき時が来ているような気がします。

 

急激に進む少子化に対応しきれずにいる中高年のノスタルジーに付き合う必要はないし、今の仕組みで生活している高等教育機関や学習塾・予備校業界に気を使う必要もない、日本の将来を考える時、僕はそう思います。

 

ピンチはチャンス、そんなふうにも感じます。具体的なアイデアは、また別の機会に書いてみたいと思っています。

 

     

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

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元号と西暦の共存

 

こさいたろうの視点・論点 0090

2019/04/10

 

 

元号と西暦の共存

 

 

新元号が決まりましたね。もうすでに新しい時代の始まりのような騒ぎっぷりでしたが、実際には5月1日から、新元号「令和」の御代が始まります。なんだかそわそわした気分になるのは、日本人に刻み込まれたDNAによるものなのかもしれません。新しい時代が、明るく平和な時代であることを祈る、そんな気持ちになります。

     

 

僕は、元号はあっていいと思っています。目くじら立てるようなものじゃないとも。ただ、一世一元、つまり天皇一人につき一つの元号、と決められたのはわずか150年前、明治維新政府によってです。それまでは、占いやら、天変地異などの理由によって改元されることが多々ありました。しかも日本の場合は、天皇が政治権力を有した時期が極めて短く、元号が政治利用されたのは武家政治以前の大昔にしかありませんでした。

 

江戸末期、クーデターにより権力掌握した薩長下級武士たちの権威付けとして、天皇は政治利用され、元号も政治利用されることとなってしまったわけですが、連綿と続く日本の歴史や文化と紐づいていることは間違いありません。

 

なので、太平洋戦争の敗戦を経て、その反省の意も込めて、国民統合の象徴と憲法で定められている天皇の存在を認めるのであれば、元号の存在も認めていいのではないかと僕は思っています。

 

一部、アベ政治を許さない、的な立場の人々によって、改元はアベ政権の政治利用だとか、この機に乗じてアベの関与した元号は使わないようにしようとか、言っているようですが、それはいかがなものでしょうか。日本国家のありようとして、天皇制を否定し、元号も不要とするならば、堂々とそう論陣を張るべきではないかと思うのです。

 

僕は、国土は連綿と続き、それを守り受け継いでいくという考え方に立脚し、日本国憲法の下で、天皇・元号は存在してもよいと思います。繰り返しになりますが。

 

ただ、役所や企業で、公式文書に元号を使用するのはいかがなものかと思っています。はっきり言って反対です。今回も、そのシステム改修にどれだけの労力がかかり、どれだけの費用が掛かるのでしょうか。昭和天皇が生前退位を決意されたので、多少の余裕はあるものの、これは異例の形。しかも、日本以外のほとんどの国では西暦を採用しているわけで、世界の垣根が極めて低くなっている今、公式文書への元号使用は全くのナンセンスと指摘せざるを得ません。

 

日本文化の象徴として元号を大切に残しつつ、日常生活の場面では西暦を採用するという柔軟さが求められるのではないでしょうか。

 

皆さん、いかがお考えですか。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

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街宣車による名前の連呼

 

こさいたろうの視点・論点 0089

2019/04/09

 

 

街宣車による名前の連呼

 

 

統一地方選挙の前半戦が終わりました。大阪維新の圧勝は少々意外でしたが、大阪には大阪特有の事情があるのでしょう。野党の野合は全く通用しないこともはっきりしましたね。沖縄の成功は沖縄特有の事情によるもの。単に「アベは許せない」というスローガンは人々の心を動かす旗印にはなりえない、ということがはっきりしてしまいました。むしろ、各地で勃発した保守分裂の県知事選挙の中に、これからの日本政治の可能性が包含されてるのではないかと感じます。保守よ、どんどん分裂せよ、と思います。権力を維持するために一つにまとまっていることがいかに不健全なことかを考えてほしい。健全で清新な保守勢力の伸長こそ、求められているのではないだろうか、そんなふうに感じた今回の選挙結果でした。

     

 

さて、今住んでいる山里にも、県議選の候補者の街宣車がやってきました。昔は、街宣車に乗っている側だったので、家の中にいるとこんなふうに聞こえるのか、と新鮮な気持ちでした。ただ、何が聞こえるわけじゃないんですよね。かろうじて候補者の名前が聞こえるかどうか、それと、頑張ってますとかよろしくお願いしますという定型フレーズも耳には入りますが、まあそれだけ。

 

かつての自分を棚に上げて、あえて申し上げれば、選挙における街宣車からの候補者名の連呼は本当に必要なのか、はっきり言って不要ではないのか、と世に問いたい気持ちになりました。

 

たしかに、支援者向けへのアピール効果、風が吹いている選挙の場合はさらなる支援拡大効果、選挙ムードを高める効果など、一定の役割があることは否定しません。僕自身も25歳の時、自分は自転車に乗りながら、並走する街宣車から名前を連呼してもらい、当選させて頂いた過去を持ちます。効果は絶大でした。

 

でも、それも四半世紀前のこと。名前の連呼を聞かされても、何の判断材料にもなりません。立候補している方々の素性を、考え方を、人となりを、少しでも多く知り、投票できるようにすべきではないでしょうか。

 

その昔の選挙では、拡声器で演説会の告知をし、それにより人々が集まり、候補者の政見に触れるということがありました。私もそんな選挙を戦ってきた最後の世代かもしれません。でも、そのようなことはすでに過去のものとなってはいないでしょうか。今の時代、もっと他の方法がたくさん考えられるはず。選挙だけが前時代的でいいはずがありません。

 

さらには、街宣車による候補者名の連呼をやめることにとどまりません。諸外国の実情もよく研究し、公職選挙法を抜本的に見直す時期にあるのではないでしょうか。いや、むしろ、遅きに失していると厳しき指摘せざるを得ません。

 

政治の多様性を奪い、地域の分断を生む小選挙区制度の廃止とあわせて、公職選挙法の抜本改革、つまり、日本の選挙のあり方を根底から変える取り組みが必要と問題提起したいのです。そして、それは、既存の制度で権力を得ている与党、与党のみならず野党も含めた現職議員やその所属政党には、ほぼ不可能な改革であることも厳しく指摘しておきたいと思います。

 

ではだれがやれるのか。深い問題意識を有した普通の人だと僕は思っています。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

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驚くべきAIアナウンサー

 

こさいたろうの視点・論点 0088

2019/03/23

 

 

驚くべきAIアナウンサー

 

 

山梨に住んでいますと、どこに行くにも車での移動です。そんな時は、ラジオがドライブのお供。ただ、都会と違って放送局が少なすぎて、年齢的なこともあり、結局は、NHKラジオ第一放送を聞くことが多いです。二年前に白州の鳥原に引っ越すまで約十年間、テレビがない生活をしていて、自宅でもラジオを聞く日常だったことも、ラジオ好きになった理由かもしれません。

 

今月の初めのある日、運転中、そのNHKラジオを車で聴いていると、山梨県内の天気予報が流れてきました。「あれ、聴き覚えのないアナウンサーの声だな。誰かな?」と思いながら聴いていました。長年のヘビーユーザー、しかも甲府放送局は小さいので、ほとんどのアナウンサーを覚えているのです。異動の情報なども、結構知ってたりしまして(笑)

 

天気予報を聞き進み、終わろうとしたその時に、こんなアナウンスが流れてきました。正確ではないのですが「NHKが開発したAIアナウンサーの声で天気予報をお伝えしました」という内容のアナウンスでした。僕は、驚愕しました。「え、AIアナウンサー!?」と。そのくらい完璧でした。生きている人間の声そのもの、ひとかけらの違和感も感じなかったのです。

 

調べてみますと、こういうことでした。日刊工業新聞〈2019/01/29〉の記事より要約・抜粋します。

 

『NHKは人工知能(AI)を活用した音声合成により、ラジオで気象情報を発話するAIアナウンサーを開発した。山梨県を放送対象とする甲府放送局のラジオ気象情報で3月に実証する。AIアナウンサーは、NHK放送技術研究所(東京都世田谷区)と連携して開発した。甲府放送局の過去3年分の気象情報から抜粋した文章などをNHKアナウンサーが読み上げ、AIに学習させた。AIが注意報や予報、雨量、風速など多様な気象データを話し言葉に変換する。文脈に合ったイントネーションや間の取り方、情報の取捨などNHKアナウンサーが持つ話術を再現できるか検証し、早期の実用化を目指す。山梨県は観光地として人気が高い富士山を有し、気象情報へのニーズが高いことなどから実証地域として選出した。AIアナウンサーは3月4―8日と、25―29日の3分間のコーナーで登場する。』

 

僕はこれを偶然聞いたのです。知らなかったのですが、NHKでは昨年4月から、平日深夜の「ニュースチェック11」で「ニュースのヨミ子」さんというAIアナウンサーが登場していたようです。いや、AIアナウンサーのデビューは平昌五輪だったとのこと。これらをベースにして開発がすすめられたという、僕の聴いたAIアナウンサーの声はやはり、『アナウンサーのように自然で滑らかな「読み」を実現』(NHKプレスリリースより)と、NHK自画自賛。それだけのことは十分にありました。僕自身の、世の情報への疎さを露呈してしまいますが、それにしても、世の進化はとどまるところを知りませんね。

 

そういえば、その昔、駅の改札口には駅員さんが並んでいました。ハサミをカチャカチャやる姿に、憧れていたっけ。でも、いつの間にいなくなってしまいました。スーパーのレジも、まだ人がいるところが多いですが、少しずつセルフレジが増えてきている気がします。多分、探せばいろいろありますよね、きっと。そして、ついにアナウンサーも、生身の人間でなくても十分仕事ができるようになりつつあるわけです。

 

2015年の野村総合研究所による分析では、<人工知能やロボット等による代替可能性が低い100種の職業>の上位に、実はアナウンサーが入っています。でも、「あの」音声を実際に聞くと少なくとも、アナウンサー業務の多くの部分がAIに代替される可能性が高いと思います。研究を専門にする人たちの予測も簡単に塗り替えられていく時代のスピード。人が手放してはいけない仕事は何か、考える必要があると感じています。

 

この春、息子は小学校を卒業し、中学生になります。あと6年後に18歳、10年後には22歳、社会に出て自立する年齢になります。そのころ、世界はどうなっているのでしょうか。凡人である僕には、予測もつきません。したがって、子どもに示唆を与えることはほとんどできません。ただ、どんな時代になっても、自分で考え、他者と協調し、自分で行動し、自分で生き抜いていける人に育ってほしい、そんなふうに願っています。息子の通う学校の可能性を信じています。

 

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

     

 

 

 

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3月11日に改めて原発ゼロを考えました

 

こさいたろうの視点・論点 0087

2019/03/21

 

 

3月11日に改めて原発ゼロを考えました

 

僕は、原子力発電所を再稼働させようとしたり、その技術を海外に輸出したりしようとしている一部の日本人をいまだに理解できずにいます。あの日の、あの災害による、たった一度の事故で、今も、この先も、私たちの生活に想像を絶する影響が及ぼされ続けることは火を見るよりも明らかなのに。

 

正確な日付は忘れてしまいましたが、福島第一・三号機の建屋が吹っ飛んだ衝撃の映像が流れた日だったと思うので、たぶん3月14日だったと思います。震災から3日が経ち、まだ4歳だった息子は家から出られずにストレスがたまっていて、近くの公園で遊ばせようということになり、母親と一緒に出かけたのでした。そのときはまだ、放射能の飛来といったことにそれほど危うさを感じていませんでした。12歳になった今のところ、体にその影響による変調はない様子ですが、本当に大丈夫だったのか、今もたまに心配になります。

 

これも事故の影響といえるのだと思います。爆発した発電所の後始末も、どれだけの時間が、どれだけのお金がかかるかもわかりません。放射性廃棄物の保管・処理も万全の準備は全くできていませんし、たぶん無理です。汚染されてしまった土は、水は、自然は、元通りになるには気が遠くなるほどの年月を要します。それでも帰還する人たちと帰還を拒む人たちとの間には修復できないほどの亀裂が生じてしまっています。陰では子どもたちのいじめもあるようですし、この先は結婚などの場面での差別なども生じてくる恐れもあります。たとえ口にしても安全であっても生産物への不安や懸念は払拭できずにいます。甲状腺がんについても、事故が原因かどうか評価が分かれていますが、ずっとその発症に怯えなければならないというリスクは抱え続けねばなりません。

 

もうこれからは原発事故は発生しないといえるのでしょうか。それはいくらなんでも無理でしょう。あの原発事故を同じ日本人として経験して、再稼働するとか、エネルギーミックスだとか、経済のために輸出だとか、そんなこと言っている人たちは、正直に言って正気の沙汰ではないと、僕は思います。日本国総理大臣がそういう立場なのですから、本当にどうかしていると思います。

 

立憲民主党を作った枝野幸男代表も、もっと反省してほしいです。政権を降りてから脱原発を叫び始めた当時の総理・菅直人氏も。反省の上に立ち、責任を痛感し、覚悟をもって原子力政策の転換を訴えてほしいです。なぜなら、あの事故の時の政権が肚を決めれば、原子力村解体、原発からの脱却は可能だったからです。独占的な電力事業者、その労働者で組織される労働組合、それを取り巻く利害関係者、これらに屈したのが当時の民主党政権だったのですから。

 

当時を思い出して、怒りの気持ちから少し脱線してしまいましたが、8回目の3月11日を迎えるにあたり、感じたことを率直に書かせて頂きました。

 

農夫 こさいたろう(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

追記

 

僕は、小泉純一郎元総理が「過ちを改むるに憚ることなかれ」と言って、過去、原発政策を推進したことを省み、原発ゼロを目指している姿が、多くの国民の心情に近いものと思っています。でも「アベ政治を許さない!」って紙を家や車に貼っている人たちと話すと、小泉さんはダメだと、言われてしまいます。そりゃ、全部考えが一緒の人なんていないですよね。でも、大きな権力が原発推進しようとしている中で、それに対抗して原発ゼロを実現するには、広範な勢力の結集が必要でしょう。多少の違いは目をつぶるくらいでないと、原発ゼロのような大仕事はできないですよ。だから、小泉さんはいまだに、旧左翼臭のする野党は信用してなくて、「自民党に原発ゼロの旗を掲げるリーダーが現れれば、すぐに多くの議員が賛同して実現するよ」と言うのだと思います。もしも、自分の生活に余裕ができることがあれば、小泉さんの運動を手伝いたいな、なんて思ったりしています。

 

     

 

 

 

 

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大阪都構想・ダブル選挙?

 

こさいたろうの視点・論点 0086

2019/03/09

 

大阪都構想・ダブル選挙?

 

まだやっているのか、というのが正直な気持ち。まだ、橋下氏が第一線で活躍していた2015年、大阪都構想の賛否を問い住民投票が行われ、僅差ではあるが反対が上回った。この結果も受け、橋下氏は大阪市長の任期満了とともに政界から引退した。

 

確かに、この後の選挙でも、大阪市長・大阪府知事ともに、大阪都構想を掲げる大阪維新の会の公認候補者が当選はしている。しているが、だからといって、うまく進まないから市長と知事が同時に辞めて、それぞれ入れ替わって選挙に出る、なんていうことをしてもいいのだろうか。

 

以前、橋下氏と松井氏が同じことをやっている。市長と知事が同時に辞めて、市長が知事選に、知事が市長選に出れば、当選したものは4年の任期が与えられるが、知事が知事選に、市長が市長選に出るということになると、前任の残任期しか与えられない。したがって、このような奇策に出るのだろう。しかも、あの成功体験をもう一度、ということなのだろう。しかし、こんな政治的ごり押しが常に行われるのであれば、有権者はたまらない。

 

私も、その昔、現役で政治の一戦に身を置いている時、大阪都構想の方向性を支持していた。それは、究極の地方分権を目指す観点から「道州制」を志向していたからである。内政の多くの権限を地方に移し、より有権者に近い政府が政治を運営するという構想の一環として大阪都構想があったと記憶している。道州制を実現するための先駆け的な意味合いが多分にあったはずだ。

 

しかし、徐々に大阪ローカルの政策に収斂していき、私が東京の地方議員時代に自治権の制限の根源と批判していた「東京・特別区」をお手本に制度がつくられると聞き、なし崩し的に中身が変わってしまったものと捉えていた。そして、住民投票で反対の意思表示がなされ、先頭で旗を振っていた橋下氏は、いわば政治的責任を取る形で、政界を引退したのである。

 

この時点で一旦、政治的決着を見ているといえるのではないか。大阪市・大阪府の首長は引き続き維新の会の政治家が担っているものの、大阪都構想の復活のみが支持されて当選したわけでもあるまい。再度チャレンジするにしても、相当の冷却期間を置いて、政策をブラッシュアップして有権者に提示すべきだと考える。

 

国政の「維新の会」を見ると、片山虎之助氏や下地幹郎氏といったもともと自民党だった老獪な政治家の顔しか見えず、安倍自民党政権の補完勢力としか見受けられない状態だ。こういう政党が、賞味期限切れの政策を掲げて選挙を私物化するような光景は見たくはない。

 

政治的目標を見失った政治勢力は、潔く一旦退場すべきだと私は思う。

 

農夫 こさいたろう

(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

     

 

 

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二階幹事長と小池都知事

 

こさいたろうの視点・論点 0085

2019/03/08

 

 

二階幹事長と小池都知事

 

 

このお二人がいまだに政治ニュースの上位を飾る世の中。もちろん政治的手腕に長けておられるのが第一の理由でしょうが、実は日本社会が変革を遂げていないことを証明しているような気がします。変わらない、古い政治風土の中で生き残ってきた二人の政治家、と私には見えます。

 

二階さんはもともとは自民党・田中派。小沢一郎さんと行動を共にして離党するものの、その後は小沢氏と袂を分かち、保守党という小政党をつくり自民党との連立を経て、とうとう自民党に復党します。そして伊吹派を継承し、ついに派閥の領袖となり、党ナンバー2の幹事長まで上り詰めます。

 

小池さんはもともと細川元首相が立ち上げた日本新党の参院議員となり、その後衆院鞍替え。その後は二階さんと同じ歩みを経て、自民党入り。当時の小泉首相に登用され、環境大臣、防衛大臣を歴任。その後、不遇の身となるが、舛添氏失脚後の東京都知事選挙に出馬。自民党・東京都連を敵と見立てる選挙戦略を駆使し当選。翌年の都議選では自ら代表の政治団体・都民ファーストが圧勝。飛ぶ鳥を落とす勢いだったものの、国政進出を図るも大失敗し、今に至ります。

 

この二人、一人の政治家としては長年をかけて階段をのぼり、栄達を極めたといえるのですが、いったい何がやりたかったのか、今も何を目指しているのかが見えないという点で共通していると思います。小池氏に関して言えば、東京都知事を目指す際の公約やその後の都議選での取り組みなどを見ると、この時のために、政治を大きく変革させるために政治家としての力を蓄えてきたのかとも思ったものですが、国政に打って出ようとした際に馬脚を現し、すべてを失ってしまったような気がします。その時に期待した私、騙されたような気がしています。私ごときはともかくも、深く関わりかけた小沢一郎さんも、原発ゼロ政策に期待をかけた小泉純一郎さんも、かつてのボス細川護熙元首相も、まんまと騙されていたように見えました。失礼ながら。

 

そんな小池さんは今窮地に立たされています。築地市場跡地の再開発、選挙時の公約から大きく方針が転換されているではないかと、特に都議会自民党から攻め立てられています。長年にわたり同じような道を歩んできた小池氏の窮地を見て、二階氏が助け舟を出したのだと私は思います。まあ、盟友関係、あるいは師弟関係なのかもしれません。

 

ただ、二階さんがもっと若く、政治的余命もまだまだある時期であれば、このような発言を軽率にはしなかったような気がします。もっと全体を俯瞰することができたのではないかと。仲間である東京自民党が小池さんと戦っているさなかに「次の都知事は小池しかいない」なんて言うでしょうか。二階さんの大幹事長たる傲りとともに、老いも関係しているように私は思いました。

 

     

 

「驕れる者は久しからず、盛者必衰の理をあらわす」、有名な平家物語の一節です。自民党一強、安倍一強の政治体制がすでに6年続き、傲り、弛み、腐敗、綻び、至るところに見えるような気がします。いうまでもなく、権力は永遠に継続はしません。

 

評論をする者は、そういった現権力の批判を怠ってはならないし、追及し続けるべきであります。ただ、政治を担う者は今や批判に時間を割くべき時ではなく、現権力に変わり何を目指し、何を為そうとしているのか、主権者に訴えかける時だと思うのです。

 

受け皿を作るから、安倍政権を倒しましょう!といっても、その先がどうなるのか全く見えないのであれば、危なっかしくて任せるわけにはいかないではないですか。これをわかっている政治家が、今全く見当たらないのが残念でなりません。無名でもいいからそれを示せる人物がいれば、それに賛同できれば、一緒に行動したいです。

 

先日の二階幹事長発言を聞いて、こんなふうに思いが広がってしまいました。二階さん、小池さんの時代が去った後は、政治の大変革時代を作らねばならないと思うのです。

 

 

 

農夫 こさいたろう

(小斉太郎;元 港区議会議員)

 

 

 

 

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